場面緘黙症は、特定の社会的状況において話すことが一貫してできないという特徴を持つ、複雑な小児期の不安障害です。家庭では普通に話せるのに、学校やその他の社会的場面では全く話せなくなる状態で、本人の意思で「話さない」のではなく、状況によって「話せなくなる」ことが重要なポイントです。
小学生では約500人に1人の割合で見られ、小学校1校に1人程度は存在すると考えられています。多くの場合、通常2歳から5歳での発症が多いとされていますが、社会的な交流や発表の機会が増える入園・入学後に症状がはっきりすることがよくあります。この障害は単に「恥ずかしがり屋」や「おとなしい子」ではなく、子供が話すことに対して実際に恐怖を感じており、長期にわたって影響を及ぼす深刻な状態です。適切な理解と支援があれば改善の可能性は十分にありますが、見過ごされると学業面、社会面、精神面に様々な困難をもたらす可能性があります。

場面緘黙症とは何ですか?基本的な特徴を教えてください
場面緘黙症は、アメリカ精神医学会の診断基準「DSM-5-TR」において不安症群に分類されている障害で、家庭など安心できる場所では普通に話せるにもかかわらず、学校やその他の特定の社会的場面で話すことができない状態として定義されています。日本では発達障害者支援法における発達障害の一つとされ、学校教育においては情緒障害に分類され「特別支援教育」の対象となっています。
この障害の最も重要な理解ポイントは、子供が意図的に話すことを拒否しているのではなく、不安や恐怖によって話すことができない状態だということです。家庭では非常に活発で社交的な一面を見せることが多く、親からは「家ではとても騒々しく、社交的で、ひょうきんで、知りたがりやで、非常におしゃべり」という声がよく聞かれます。
発症の特徴として、通常2歳から5歳での発症が多いとされていますが、社会的な交流や発表の機会が増える入園・入学後に症状がはっきりすることが一般的です。診断時の平均年齢は3~8歳ですが、乳幼児の頃から既に社会的場面でひどく不安だったにもかかわらず、大人が「とても恥ずかしがりや」なだけだと考えて見過ごされることが多く、学校に入学して初めて明確になるケースが多数報告されています。
発生頻度については、小学生では約500人に1人の割合で見られるという調査結果があり、小学校1校に1人程度はいると考えられます。多くの報告で男児よりも女児に多く見られる傾向があります。もし緘黙が1ヶ月以上続く場合は、親は医師に相談すべきとされています。
場面緘黙症の子供にはどのような症状や行動が見られますか?
場面緘黙症の症状は多様であり、子供によってその表現方法は大きく異なります。主な症状は発話の困難さ、行動の抑制(緘動)、そして特徴的な人格特性の3つに分類されます。
発話の困難さでは、特定の社会的場面での完全な無言状態が最も分かりやすい症状です。ある子供は学校で誰とも全く話せませんが、一方で、とても小さな声でなら話せたり、限られた少数の相手となら話せる子供もいます。さらに、非言語的コミュニケーションも非常に困難な場合があり、指差しや頷くこと、口の形で「ありがとう」と伝えること、挨拶で手を振ることなども難しくなります。また、質問された時に言語の有無にかかわらず、平均的な子供より応答に時間がかかるという特徴もあります。
行動の抑制(緘動)は、医学的には場面緘黙の症状ではないとされていますが、多くの場面緘黙児に見られる重要な特徴です。特定の社会的場面で恐怖のためにじっと立ちつくしてしまい、体を硬直させ、無表情で、感情を表に出さず、社会的に孤立します。身体行動の制限として、歩けない、鉛筆が持てない、文字が書けない、着替えができない、運動ができないといった行動の抑制が現れます。中でも食事やトイレなど生理的な行動に抑制が出るケースが多いとされており、このような症状は目立たず、教師の目が行き届きにくい休み時間などでは把握がより困難になることがあります。
人格特性については、場面緘黙症の子供たちは知的で鋭敏、知識欲旺盛な傾向があります。内省的で感性豊かであり、同じ年齢の子供に比べて周囲の世界をより深く理解し、感情を表現するのは難しいものの、感情や思考などの感受性が強い特徴があります。また、環境への過敏さも特徴的で、雑音、人混み、触感、食べ物の味覚・舌触りなど、環境に対して過敏な傾向を持つ子供もおり、感覚統合障害の症状を併せ持つことがあります。6歳以上の子供には心配や恐怖の過剰傾向もよく見られます。
場面緘黙症は子供の学校生活にどのような影響を与えますか?
場面緘黙症は学校生活の様々な側面に深刻な影響を及ぼし、特に学業参加の困難、社会的関係の問題、誤解による孤立という3つの大きな問題を引き起こします。
学業への影響では、教師の質問に答えられない、クラスでの発表ができない、音読ができないといった基本的な学習参加が困難になります。グループ活動においても意見を言えず、貢献できない不安を抱えることになります。評価の面では大きな問題となり、口頭試問や実技テストへの参加が難しく、正当な評価が得られない懸念が生じます。緘黙によって発話が困難なため、言語回答を求める検査では無回答となりやすく、言語発達や知的発達のアセスメントが正確に行えないという課題も指摘されています。
さらに深刻なのは、援助要求ができないことです。何かに困っていても、不満に思っていても、それを教師や周囲に伝えることができません。この状況が続くと、学校という社会的場面の回避や学習への不安から不登校となる可能性も高まります。
対人関係への影響も深刻で、話せないことで友達作りが非常に難しくなり、社会的関係が苦手となって孤立しやすくなります。休み時間を一人で過ごすことが辛いと感じる緘黙児も多く、いじめの対象となるリスクも高まります。話さないことや行動の抑制が、周囲の子供たちにいじめの対象として認識される原因となることがあります。
周囲からの誤解も大きな問題です。教師や周囲の大人から「内気なだけ」「おとなしい子」「反抗心から話さない」「わがまま」などと誤解されやすく、適切な理解や支援が得られない場合が多々あります。子供自身が困っていることを自分から発信できないため、「困っていない」と思われてしまい、対応が後回しになることもあります。進級などによるクラス替えや新しい担任への移行は、これまで積み重ねてきた支援を「振出しに戻す」感覚となり、新たなストレスを伴うことがあります。
場面緘黙症が子供と家族に与える長期的な影響はありますか?
場面緘黙症は長期にわたって子供に影響を及ぼし、非常に辛いものです。適切な支援が行われない場合、精神的・身体的な様々な問題を引き起こし、家族全体にも深刻な影響をもたらします。
精神的・身体的影響では、社会的行事の前や最中に不安の徴候として腹痛、吐き気、嘔吐、下痢、頭痛など、一連の身体愁訴がよく起こります。不安感やストレスから体調が悪くなる場合もあり、仮病と誤解されないよう注意が必要です。すぐにいらいらしたり、落ち込みやすくなったりする精神的困難も現れ、話せない状態が続くことで「また失敗した」と自信を失い、「また話せないかも」と予期不安を高める悪循環に陥ることがあります。
併存症と二次障害のリスクは非常に高く、場面緘黙児の90%以上が社会恐怖や社会不安も持っており、社交不安症の併存は69%と報告されています。分離不安症や限局性恐怖症も多く併存し、うつ病、強迫性障害、不眠症などの二次障害を抱えるリスクも高まります。特に小学校高学年以降は不登校のリスクが高いとされており、適切な支援が行われないと不登校や引きこもりにつながる可能性が非常に高くなります。
思春期に入ると状況はさらに深刻化し、より鬱になりやすくなり、深刻な不安感、社会的孤立、学業不振、自殺願望、アルコール依存や薬物乱用につながる可能性も指摘されています。これらの問題は成人期まで持ち越されることも多く、コミュニケーションの苦手意識から自らの苦悩を訴えることが少なく、どこに支援を求めて良いか分からないという状況が続くことがあります。
家族への影響も深刻で、子供が家では普通に話せるのに外では話せないという状況は、親にとって「困惑」であり「辛い」ものです。子供がカウンセリングなどで声を出せない、表情すら出せない場合、親が子供の代弁者として重要な役割を担うことになります。家庭での子供の様子を学校の先生や医師、支援関係者に分かりやすく伝え、理解を得る責任が強く求められます。場面緘黙症の子供を持つ親は、不安やストレスから精神的な問題を抱えることも少なくなく、自身のメンタルヘルスやワークライフバランスの維持も重要な課題となります。
場面緘黙症の原因は何ですか?親の育て方が関係していますか?
場面緘黙症の原因やメカニズムは完全に明らかになっていませんが、単一の要因で発症するのではなく、複数の要素が重なって生じると考えられています。最も重要な点は、親のしつけや育て方が直接の原因ではないということです。
気質的要因が最も大きな影響を与えるとされており、一般的に不安や緊張を感じやすい「抑制的な気質」(恥ずかしがりで不安になりやすい気質)が影響していると言われます。乳幼児期や小児期に外界にゆっくり慣れる傾向や行動抑制的であったという報告もあります。このような気質は生まれ持ったものであり、親の育て方によって作られるものではありません。
脳機能の偏りも関連要因として考えられており、脳の扁桃体という部位が人よりも反応しやすい、あるいは反応閾値が低いといった脳機能の異常が関連しているという説があります。また、聴覚機能の調整が不十分なために自分の声が実際よりも大きく聞こえ、「変な声」と感じて話しにくくなるという考え方もあります。
発話および言語の障害については、約20-30%の場面緘黙児は微細な発話や言語の障害(例:表出言語の障害、言語の遅れ)を抱えているという報告があります。言語環境のストレスも一部のケースで影響しており、二言語を用いる家族の中で育った子供や、外国での生活経験がある子供、言語の発達形成時期(2~4歳)に別の言語環境にいた子供の一部が、自分の言語能力に自信が持てず不安が高まり、緘黙に至った可能性が示唆されています。
環境要因として、入園や入学、転居といった環境の変化や、人前で話すことへのプレッシャーも影響することがあります。また、長期にわたって言葉を使用しない行動がしっかり身に付いてしまった場合も考えられます。
家庭環境に関する重要な誤解の解消として、多くの研究から場面緘黙の原因が虐待や育児放棄(ネグレクト)、トラウマ(心的外傷)である証拠は全くないと明らかにされています。親御さん自身がこの事実を理解することが非常に重要です。ただし、トラウマ体験や幼少期の逆境体験が、場面緘黙症状を持つ子供の状態に影響しているケースはありますが、これが直接的な原因ではないということを理解する必要があります。
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