場面緘黙症の子どもを支援するICT活用法|タブレットで代替コミュニケーション

場面緘黙症

場面緘黙症の子どもへの支援として、ICT活用やタブレット端末を使った代替コミュニケーション手段が非常に有効です。場面緘黙症とは、家庭では普通に話せるのに学校などの社会的な場面では声が出なくなってしまう症状であり、本人の意思とは関係なく「話せない」状態に陥るものです。GIGAスクール構想により全国の小中学校で1人1台のタブレット端末が配備された現在、文字入力や音声合成アプリを活用することで、声を発することができない子どもでも自分の考えを伝え、他者とつながることが可能になっています。本記事では、場面緘黙症の基本的な理解から具体的なICT活用方法、学校現場での実践事例、合理的配慮の考え方まで、包括的に解説していきます。

場面緘黙症とは何かを正しく理解する

場面緘黙症とは、特定の社会的場面で声を出したり話したりすることができなくなる状態が継続する症状です。選択性緘黙とも呼ばれますが、重要なのはこれが本人の意思による「選択」ではないということです。話したくても話せない、声を出そうとしても体が言うことを聞かないという、本人にとって非常につらい状態なのです。

場面緘黙症の発症率は研究によって多少の差がありますが、おおよそ0.2パーセントから0.7パーセントとされています。これは500人に1人から3人程度の割合で存在することを意味しており、決して珍しい症状ではありません。性別では女児にやや多い傾向が見られます。発症時期は通常5歳未満であり、多くの場合は幼稚園や保育園への入園、あるいは小学校への入学をきっかけに症状が顕在化してきます。

場面緘黙症の原因について、かつては親の育て方や家庭環境に問題があるのではないかという誤解がありました。しかし現在の研究では、生まれつき危険に対して敏感な気質を持つ子どもに多く見られることがわかっています。不安を感じやすい気質が根底にあり、社会的な場面で強い不安を感じることで声が出なくなると考えられています。脳の特性として不安に対する反応が敏感であることが大きな要因であり、親の育て方のせいでも本人の性格の問題でもありません。

場面緘黙症は単なる恥ずかしがり屋や人見知りとは異なります。恥ずかしがり屋の子どもは慣れてくれば徐々に話せるようになりますが、場面緘黙症の場合は長期間にわたって特定の場面で全く話せない状態が続きます。また自閉症スペクトラム障害とも異なり、場面緘黙症の子どもはコミュニケーションの意欲自体は持っていることが多いです。

場面緘黙症への支援で最も重要な基本原則

場面緘黙症への支援において最も重要な原則は、話すことを強要しないということです。「声を出して」「返事をして」「みんなの前で発表して」といった働きかけは、本人の不安をさらに高め、症状を悪化させる可能性があります。話すことへのプレッシャーを与えることは支援どころか逆効果になりかねません。

場面緘黙症の子どもへの支援で最も求められることは不安の除去です。まずは子どもが安心できる環境を整えることが大切です。教室の中に居場所があること、先生や友達との信頼関係があること、失敗しても責められないという安心感があること、これらが支援の土台となります。

話すことを強要しない代わりに、話す以外のコミュニケーション手段を確保することが重要です。筆談やジェスチャー、うなずきや首振り、指さし、カードの活用など、音声を使わなくても意思を伝えられる方法を用意します。そしてここで大きな力を発揮するのがICT機器やタブレット端末です。

場面緘黙症への支援は学校だけでも家庭だけでも十分な効果を上げることは難しいです。家庭と学校での情報共有と連携が不可欠であり、連絡帳を活用したこまめな情報交換や定期的な面談、支援方針の共有など、両者が一体となって子どもを支えることが重要です。また、場面緘黙症は早期に発見し正しいアセスメントを行えば改善が期待できるものです。「対応はスピード感が大事」という専門家の言葉があるように、気づいたらすぐに適切な支援を開始することが大切です。

ICT活用が場面緘黙症の支援に有効な理由

場面緘黙症の子どもにとって、ICT機器は「声の代わり」となる存在です。声を発することができなくても、タブレットやパソコンを使えば文字で自分の考えを伝えることができます。音声合成機能を使えば自分で声を出さなくても機械が代わりに読み上げてくれます。ICTを支援教育に取り入れることは、視力を補うためにメガネをかけることと同じように、コミュニケーションの困難を補うための道具として活用するという考え方です。

ICT機器を活用することにはいくつかの大きなメリットがあります。まず対面での緊張が緩和されるという点があります。直接人と向き合って話すことが苦手でも、画面を介したコミュニケーションであれば緊張が和らぐケースがあります。また自分のペースでコミュニケーションできるという利点もあります。会話はリアルタイムで反応を求められますが、文字入力であれば考える時間を取りながらゆっくりと意思を伝えることができます。さらに間違いを修正しやすいという特徴もあります。話し言葉は一度発すると取り消せませんが、文字入力であれば送信前に確認し修正することができます。

2019年から始まったGIGAスクール構想により、全国の小中学校で1人1台のタブレット端末が配備されました。これは場面緘黙症の子どもたちにとって大きな追い風となっています。かつては特別な機器を用意する必要がありましたが、今では全員がタブレットを持っている環境が整っているため、場面緘黙症の子どもが特別な機器を使うことへの抵抗感も軽減されます。

タブレット端末を活用した具体的な支援方法

文字入力によるコミュニケーションは最も基本的な活用方法です。話すことができなくてもタイピングができれば自分の考えを伝えることができます。書くことや話すことが苦手な子どもたちの中には、タイピングができるようになるとパソコンのチャット欄など画面を通して雄弁に文章で語りかけてくるようになるケースがあります。つくば市立学園の森義務教育学校の特別支援学級ではMicrosoft Teamsを使って進捗状況を伝える活動を取り入れており、場面緘黙の子どもたちも文字を通じて積極的にコミュニケーションを取るようになったという報告があります。

音声合成アプリの活用も効果的な方法です。タブレットには入力した文字を音声で読み上げてくれる機能やアプリがあります。場面緘黙症で声が出ない子どもでも、ICTを活用することで「声を発する」部分を機械に代行してもらえば「伝える」ことが可能になります。コミュニケーション支援アプリの中には文字でもシンボルでも使えるものがあり、入力した文字を一文字ずつ読み上げたりまとまりで読み上げたりする機能を持つものがあります。これにより教室での発表なども自分の声を出さずに行うことができるようになります。

シンボルコミュニケーションは、文字入力が難しい年齢の子どもや文字入力に抵抗がある子どもに対して有効です。シンボルとは絵文字やイラストのことで、画面上のシンボルをタップするだけで意思を伝えることができるため操作のハードルが低いのが特徴です。

Web会議システムの活用は興味深い支援方法です。対面では全く話せない子どもでもオンラインでの授業や面談では話せることがあるという特性を活用したものです。ある学校ではまずオンラインで先生とコミュニケーションを取る練習から始め、徐々に対面での交流に移行していくという取り組みを行い効果を上げています。画面越しという距離感が対面よりも安心感をもたらす場合があるのです。

録音・録画機能の活用も一つの方法です。家庭では話せる場面緘黙症の子どもの場合、家で録音した自分の声や動画で撮影したメッセージを学校で再生するという方法が考えられます。これにより学校の場面でも間接的に自分の声を届けることができます。

学校現場での実践事例から学ぶ効果的な支援

ある中学校に在籍する場面緘黙症の生徒は、学校では一切声を出すことができませんでした。この生徒への支援としてまず支援員がメモでのやり取りを開始しました。初めは簡単な質問への回答から始まり、徐々に信頼関係が築かれていきました。その後より複雑な考えを引き出すためにタブレット型端末のアプリの使用を導入しました。タブレットを介したコミュニケーションにより生徒は少しずつ自分の意思表示ができるようになり、時には声を出して笑う場面も見られるようになってきたという報告があります。

ソフトバンクの「魔法のプロジェクト」では人型ロボット「Pepper」を活用した支援事例が報告されています。場面緘黙により会話によるコミュニケーションが難しかった生徒がPepperを自分の代弁者として活用し、会話や感情表現などの発信を行うことで双方向の会話が成立するようになり自信を取り戻したという事例です。ロボットを介することで直接的なコミュニケーションの緊張感が和らぎ、徐々に自己表現ができるようになったのです。

つくば市立学園の森義務教育学校の特別支援学級ではMicrosoft Teamsを活用した支援を行っています。話すことが苦手な子どもたちがチャット機能を使ってコミュニケーションを取ることで自分の考えを伝える手段を獲得しています。画面を通じたコミュニケーションでは対面よりも積極的に発言できる子どもも多く、文字入力という手段があることでこれまで埋もれていた子どもたちの豊かな内面世界が明らかになっています。

熊本大学の本吉研究室では場面緘黙症の生徒へのコミュニケーション支援教材を開発・提供しています。タブレットで使用できるコミュニケーションカードアプリを活用することで、言葉を発しなくても選択肢をタップするだけで意思を伝えられる環境を整えています。このような教材を活用することで授業中の意思表示や日常的なコミュニケーションがスムーズになったという報告があります。

発表活動における配慮とICT活用の工夫

場面緘黙症の子どもにとって、みんなの前で声を出して発表することは非常に高いハードルです。しかし「みんなの前で」発表することにこだわる必要はありません。子どもが自分に合った発表の方法を選べるようにすることが大切です。先生だけに見せる方法、少人数のグループ内で発表する方法、事前に録画した動画を流す方法、タブレットで作成した資料を画面に映しながら文字で説明する方法、音声合成で読み上げてもらう方法など、様々な選択肢を用意することができます。

タブレットのプレゼンテーションソフトを活用すれば、声を出さなくても視覚的に自分の考えを伝えることができます。スライドに文字や画像、図表を配置しそれを見せながらジェスチャーや指さしで説明するという方法です。発表の完成度も高められますし事前に準備できるため当日の緊張も軽減されます。

発表活動において重要なのは、その子どもに合った発表の方法を認めることで自分の考えを「伝える」ことに自信がもてるようにすることです。最初は先生だけに見せることから始め、信頼できる友達に見せる、小グループで発表するというように段階的にステップアップしていくことが効果的です。ICT機器はこの段階的なアプローチを支援する強力なツールとなります。

支援における注意点と長期的な視点

場面緘黙症への対応では「無理に話をさせようとしない」という鉄則がありますが、これをやりすぎると別の問題が生じることがあります。あらゆる場面で代替手段が用意され本人が「話さなくても困らない」状態になってしまうと、話すことへのモチベーションが失われる可能性があります。支援と挑戦のバランスを取ることが重要であり、代替手段を提供しつつも少しずつステップアップの機会を設けることが大切です。

ICT機器は便利なツールですが、それに完全に依存してしまうことには注意が必要です。ICTはあくまでもコミュニケーションを支援する道具であり、最終的には人と人との直接的なつながりを目指すという視点を忘れてはいけません。ICTを入り口として徐々に対面でのコミュニケーションにも挑戦できるよう、長期的な視野での支援が求められます。

場面緘黙症の子どもは一人ひとり状況が異なります。同じ場面緘黙症でも特定の相手とならヒソヒソ声で話せる子もいれば、学校では全く声が出ない子もいます。またICT機器への親和性も個人差があります。ある子どもには効果的だった方法が別の子どもには合わないこともあります。一律の対応ではなくその子どもの状態をよく観察し個別に対応を考えていくことが必要です。

場面緘黙症への取り組みは長期戦です。すぐに劇的な改善が見られることは稀であり、少しずつの進歩を積み重ねていく忍耐強い支援が求められます。保護者は一人で抱えすぎないようにし、学校や専門家と連携しながら子どもに寄り添い成長を少し後押しするタイミングを見逃さないようにすることが大切です。

家庭でできるICT活用と学校との連携

家庭で話せる様子を動画で撮影し学校の先生に見てもらうことで、「この子は話せる力を持っている」ということを共有できます。また家庭で作成したプレゼンテーションを学校で発表するなど、家庭での準備を学校で活かすという使い方もできます。ICTは家庭と学校をつなぐ架け橋としても機能します。

家庭でタブレットを使ってコミュニケーションの練習をすることもできます。家族相手に音声合成アプリを使って会話する練習やビデオ通話で祖父母と話す練習など、安心できる環境で様々なコミュニケーション手段に慣れておくことで学校での活用もスムーズになります。

場面緘黙症の子どもの中にはオンラインでの学習やコミュニケーションの方が対面よりも話しやすいというケースがあります。オンライン英会話やオンライン学習塾などを活用し画面越しのコミュニケーションに慣れることで、自信をつけていくことも一つの方法です。

合理的配慮と特別支援教育における場面緘黙症の位置づけ

「合理的配慮」とは、障害のある人が社会の中で平等に参加し活動できるようにするための調整や変更を指します。2016年から日本に普及したこの概念は、これまでは学校などの行政機関でのみ法的な義務とされていましたが、2024年4月からは塾や習い事などの民間事業者においても合理的配慮の提供が義務化されました。この変更により場面緘黙症の子どもたちが受けられる支援の範囲が大きく広がることになりました。

文部科学省が2013年に発出した通知において、場面緘黙症は「情緒障害」に含まれることが明記されています。これにより場面緘黙症の子どもは「特別支援学級」や「通級による指導」の対象となります。通常学級での合理的配慮、通級指導教室での専門的な指導、特別支援学級での個別支援など、子どものニーズに応じた様々な教育的支援を受けることができます。

場面緘黙症の子どもに対する合理的配慮の具体例として、スピーチや発表場面での配慮があります。クラス全員の前でのスピーチテストではなく時間と場所を変えて個別で行えるようにするという配慮があります。実際にこのような配慮を受けた場面緘黙症の生徒が個別の環境でスピーチを行うことができたという事例が報告されています。重要なのは「みんなの前でスピーチを行えなかったから評価はできない」という対応は適切ではないということです。どの教科においても「みんなの前で」発表することは本来の学習目標ではありません。

合理的配慮を「特別扱い」にしないための工夫として、発表方法を具体的に提示したうえで場面緘黙症の子どもだけでなくクラスの子ども全員が自分で発表方法を選択できるようにするという方法があります。これにより特定の子どもだけが特別な方法で発表するのではなく多様な発表方法が認められる学級文化を作ることができます。このようなユニバーサルデザインの考え方は場面緘黙症の子どもだけでなくすべての子どもにとって学びやすい環境づくりにつながります。

家庭側と学校側で合意した合理的配慮の内容については個別の教育支援計画などの文書に明記しておくことが重要です。文書化しておくことで困りごとが起こった際にお互いに確認や見直しがしやすくなります。また学年が変わり担任が交代する際や進学時の次年度以降への引き継ぎもスムーズになります。

AAC(拡大代替コミュニケーション)を活用した支援

AAC(Augmentative and Alternative Communication)は日本語では「拡大代替コミュニケーション」と訳されます。これは話すこと、聞くこと、読むこと、書くことなどのコミュニケーションに困難がある人が、残存能力とテクノロジーの活用によって自分の意思を相手に伝える技法のことです。AACは場面緘黙症の支援においても非常に有効なアプローチとして注目されています。

AACの方法は大きく分けて3つのカテゴリーに分類されます。第一に「ノンテクノロジー」があります。これは特別な機器を使わず表情や身振り、ジェスチャーなどを用いてコミュニケーションを図る方法です。場面緘黙症の子どもにとってはうなずき、首振り、指さしなどがこれに該当します。第二に「ローテクノロジー」があります。これは比較的シンプルな道具を用いる方法で、文字盤やコミュニケーションボード、絵カードなどが含まれます。五十音表が書いてある文字盤で指を使って文字を選んだり、記号やイラストを使用したコミュニケーションボードを活用したりする方法です。これらは電源を必要とせずどこでも使用できるという利点があります。第三に「ハイテクノロジー」があります。これはパソコンやタブレット端末、スマートフォンなどのコミュニケーション支援機器を用いる方法です。タブレットのアプリやVOCA(音声出力コミュニケーションエイド)などが含まれます。

AACの対象となるのは言語障害、知的障害、視覚障害、聴覚障害、発達障害、身体運動機能障害などコミュニケーション障害を伴う広範な障害を持つ人々です。対象年齢も乳幼児から成人、高齢者まであらゆる年齢層に適用されます。場面緘黙症も特定の場面でコミュニケーションに困難を抱えるという点でAACの支援対象となります。

AACはその人が「今できること」と「道具」を活用してコミュニケーションを改善していこうとする支援方法です。重要なのは「私たちが使って便利だと思うものは障害を持つ方が使っても便利」という考え方です。身近なものから「試してみよう」という姿勢から有効な手段が見つかることも多いです。スマートフォンやタブレット端末の普及に伴いAACのアプリも多数リリースされており、無料のものから有料のものまで様々なアプリがあります。GIGAスクール構想により学校でタブレットが普及した現在、これらのアプリを学校現場で活用することも容易になっています。

テクノロジーの進化と今後の支援の可能性

AI技術の発展によりコミュニケーション支援技術も日々進化しています。音声認識や音声合成の精度向上、より自然な対話が可能なAIアシスタント、表情や感情を認識する技術など、場面緘黙症の子どもたちを支援する新しいツールが次々と登場しています。今後もテクノロジーの発展によって支援の選択肢はさらに広がっていくことが期待されます。

すべての子どもが共に学ぶインクルーシブ教育の理念が広がる中で、場面緘黙症への理解と支援も進んでいくことが期待されます。話すことだけがコミュニケーションの手段ではなく多様な表現方法が認められる教育環境が整っていくことで、場面緘黙症の子どもたちもより過ごしやすくなるでしょう。

学校教育の場だけでなく社会全体で場面緘黙症への理解を深めていくことも重要です。職場や地域社会においても多様なコミュニケーション手段が認められ、ICTを活用した意思疎通が当たり前に行われる環境が整うことで、場面緘黙症の方々が生きやすい社会になっていくことが期待されます。

場面緘黙症の子どもたちは話したくても話せないというつらさを抱えています。しかしICT機器やタブレット端末を活用した代替コミュニケーション手段があれば、自分の考えを伝え他者とつながることができます。大切なのはコミュニケーションを取ることでありその手段は音声だけに限られません。GIGAスクール構想により全国の学校で1人1台のタブレット端末が配備された今、場面緘黙症の子どもたちへの支援の可能性は大きく広がっています。タブレットを使った文字入力、音声合成アプリ、Web会議システム、プレゼンテーションソフトなど様々なツールを活用することで、子どもたちの「伝えたい」という気持ちを実現することができます。支援において大切なのは話すことを強要せず子どもの不安を取り除き安心できる環境を整えることです。そのうえでICTという強力なツールを味方につけ、子どもが自分に合った方法でコミュニケーションを取れるよう支援していきましょう。

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