場面緘黙症の認知行動療法とエクスポージャーによる段階的治療法を徹底解説

場面緘黙症

場面緘黙症の治療において、認知行動療法とエクスポージャー(段階的暴露療法)は最も効果的なアプローチとして広く認められています。場面緘黙症とは、家庭などリラックスできる環境では普通に話せるにもかかわらず、学校や職場など特定の社会的場面で話すことができなくなる不安症の一種です。この症状は本人の意志で「話さない」のではなく、話したくても「話せない」状態であることを理解することが重要です。治療の基本となるのは、不安を引き起こす状況に段階的に触れることで少しずつ慣れていくエクスポージャー法であり、最初は軽度の不安を感じる場面から始め、徐々により困難な状況へとステップアップしていきます。この段階的なアプローチにより、本人のペースを尊重しながら成功体験を積み重ね、話せる場面を着実に広げていくことが可能になります。認知行動療法では、不安を引き起こす考え方や行動パターンを修正しながら、スモールステップで目標を達成していくことを目指します。

場面緘黙症の基本的な理解と診断基準

場面緘黙症は、米国精神医学会が定めた精神障害の診断と統計の手引きであるDSM-5において、不安症群に分類されている医学的に認められた症状です。2023年に発表されたDSM-5-TR日本語版では、従来使用されていた「選択性緘黙」という名称から「場面緘黙」へと表記が変更されました。この名称変更は非常に重要な意味を持っています。「選択性緘黙」という旧名称には、あたかも本人が話さないことを自分で選んでいるかのような誤解を招く語感がありましたが、実際には場面緘黙のある人は自分の意志で話さないことを選択しているわけではなく、話したいという気持ちがあっても話すことができない状態にあるのです。

DSM-5における場面緘黙症の診断基準を見ていくと、まず他の状況では普通に話しているにもかかわらず、話すことが期待されている特定の社会的状況において一貫して話すことができないという症状が認められます。典型的な例としては学校での場面が挙げられます。次に、この障害が学業上または職業上の成績、あるいは対人的コミュニケーションを妨げていることが条件となります。さらに、この症状の持続期間は少なくとも1ヶ月以上続いている必要があり、学校生活が始まった最初の1ヶ月だけに限定されるものではありません。また、話すことができないのは、その社会的状況で要求されている言葉の知識が不足しているためではなく、話すことへの楽しさが欠けているためでもありません。そして、この障害はコミュニケーション症や自閉スペクトラム症、統合失調症などの他の精神疾患の経過中にのみ起こるものではないことも診断の条件となっています。

場面緘黙症の発症率と発症時期について

場面緘黙症がどの程度の割合で発症するのかについては、複数の調査研究が行われています。日本国内で実施された小学生約14万7000人を対象とした大規模調査の結果によると、発症率は約0.21%であることが明らかになっています。これは約500人に1人の割合で場面緘黙症の症状を持つ子どもが存在することを意味しており、小学校の規模にもよりますが、各学校に1人から2人程度は場面緘黙症のある児童がいる計算になります。海外で行われた研究では0.08%から2.2%とする報告もありますが、概ね1%未満であり、数百人に1人の割合と考えられています。また、男子よりも女子のほうがやや多く発症する傾向があることも報告されています。

発症時期については、主に2歳から8歳頃に発症することが多いとされています。日本での調査では2歳から5歳での発症が多いという報告がなされています。ただし、社会的な交流機会が増えたり音読などの課題が求められたりする学校入学後になって初めて症状が周囲の目に留まるケースも少なくありません。幼児期から症状があったとしても、保育園や幼稚園の段階では「おとなしい子」として見過ごされ、小学校に入学してから問題が顕在化することもあるのです。

場面緘黙症の原因とメカニズムの解明

場面緘黙症の原因は単一の要因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると現在では考えられています。まず脳・神経学的な要因として、脳内にある扁桃体という部位の働きが注目されています。扁桃体は危険を察知して反応する役割を担っていますが、場面緘黙のある人はこの扁桃体が刺激に対して過剰に反応してしまい、些細な刺激でも大きな不安を感じてしまうという研究仮説があります。そのため、自宅などリラックスできる環境では問題なく話せるのに、学校など特定の場面では些細なことでも強い不安を感じ、声が出せなくなってしまうと考えられています。また、不安を感じると脳内でノルアドレナリンという物質が分泌され、心拍数や血圧が上昇し、筋肉が緊張するなどの身体的反応が起こります。この状態が続くと声帯や口の周りの筋肉も緊張し、話すことが困難になることがあります。

気質的な要因も重要な要素として挙げられます。アメリカの心理学者ジェローム・ケーガン氏の研究によると、生後4か月の乳幼児期にすでに刺激に対する反応の仕方に個人差が存在することが明らかになっています。刺激に対して高い反応を示す「抑制的気質」なタイプと、ほとんど反応を示さない「非抑制的気質」なタイプが存在し、前者は将来内向的になりやすく、後者は外交的になる確率が高いとされています。場面緘黙のある人には、この抑制的な気質を持つ人が多いことが指摘されています。

遺伝的な要因についても研究が進んでいます。ある研究では、遺伝子情報が完全に一致している一卵性双生児が2人とも緘黙症を発症した場合は治りにくい傾向があること、また場面緘黙症の患者の親族にも発症者がいる場合が多いことが報告されています。家族の中に極度に内気な人や場面緘黙のある人がいるという遺伝的要素も発症に関連している可能性が示唆されています。

環境的な要因として、転校や引っ越し、いじめなどの環境の変化がきっかけで場面緘黙症を発症することもあります。近年の移民に関する研究では、異なる文化圏から移住してきた集団において緘黙状態になる子どもが多い傾向があることが報告されています。これは新しい文化での言語習得の難しさとそれに伴うストレスが原因として考えられています。

一方で、親の育て方が原因であるという考えは明確に否定されています。「親が過保護だから」「厳しすぎるから」という意見は大きな誤解であり、場面緘黙のある子どもの親と緘黙のない子どもの親には違いがないことが研究で明らかになっています。育て方に問題があるという説は現在では撤回されています。

場面緘黙症に併存する症状と二次障害のリスク

場面緘黙症には他の障害や疾患が併存することがあり、適切な理解と対応が必要です。まず発達障害との関係について見ていくと、場面緘黙は医学上の定義では不安症の一種であり、発達障害には含まれていません。しかしながら、教育分野や行政政策上では発達障害者支援法の対象となっています。また、場面緘黙と発達障害が併存するケースも少なくありません。ある小児科での場面緘黙症例190例における主な併存症として、自閉スペクトラム症(ASD)が疑いや傾向を含めて74名、知的障害が20名、登園拒否や不登校が傾向を含めて15名、ADHDが5名、学習障害(LD)が4名などが報告されています。

不安症との関係も非常に重要です。場面緘黙のある人は社交不安障害に代表される不安障害を併発するケースが多く、不安な心理が前面に出て友達になじめない、学校ではいつも緊張しているといった悩みを抱えがちです。社交不安や分離不安などの不安症を併せ持つケースも見られます。

二次障害のリスクについても十分な注意が必要です。年齢を重ねるにつれて、話せないことが原因で理不尽な扱いを受けたり、本人に劣等感が生じたりすることも少なくありません。その結果として、引きこもりや不登校、うつ病、社会不安障害などの二次障害を発症するリスクが高くなります。このような二次障害を予防するためにも、早期の支援と周囲の理解が非常に重要となります。

認知行動療法(CBT)の概要と場面緘黙症への適用

認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy、略してCBT)は、不安を引き起こす考え方である認知と行動パターンを修正することで症状の改善を目指す心理療法です。場面緘黙症の治療においても、認知行動療法は有効な治療法として位置づけられています。海外で行われた実践的研究では、場面緘黙症の治療には行動療法が最も有効であることが一貫して示されています。薬物療法が補助的に用いられることもありますが、治療の中心は行動療法および認知行動療法となっています。

認知行動療法では、不安を引き起こす考え方を修正することから始まります。例えば「みんなに笑われるかもしれない」「うまく話せなかったら恥ずかしい」といった不安を増幅させる考え方を、より現実的でバランスの取れた考え方に変えていく作業を行います。次に、徐々に話すことへの恐怖を克服していく段階的な取り組みを進めます。いきなり難しい課題に挑戦するのではなく、達成可能な小さな目標から始めることで成功体験を積み重ね、自信を構築していきます。さらにリラクセーション技法を習得することで、不安を感じた時に自分で気持ちを落ち着かせる方法を身につけることも重要な要素となっています。

子どもの精神疾患に対する認知行動療法の有効性については、不安障害に対して「十分に確立された治療法」として位置づけられています。予防研究においても、認知行動療法に基づく不安の予防プログラムに効果があるというエビデンスが蓄積されています。場面緘黙症に対しても認知行動療法の効果が海外の治療実績で報告されていますが、子どもの場合は発達段階や理解力に合わせた工夫が必要であり、親や教師との連携も重要な要素となります。

治療における基本的な考え方と本人の意思の尊重

場面緘黙症の治療において最も重視されるのは本人の意思です。どんなに優れた計画を立てても、本人自身がやりたくないことであれば治療は上手くいきません。話すという行為には必ず相手が存在します。その相手が本人にとって「話したい」と思える相手かどうかも治療の成否に大きく影響します。本人が安心でき、信頼できる相手との関わりの中で、少しずつ話せる範囲を広げていくことが大切です。

また、「できた」という体験の積み重ねが改善の鍵となります。例えば、うなずいたり、頷きで返事ができたりといった些細な表現であっても、それが周囲に受け入れられた経験は本人の自信となり、次の一歩につながります。小さな成功体験を丁寧に積み重ねていくことで、徐々に話せる場面が広がっていくのです。

エクスポージャー法(段階的暴露療法)の詳細と実践方法

エクスポージャー法(暴露療法、Exposure Therapy)は、不安を引き起こす状況に段階的に触れることで少しずつ慣れていく治療法であり、不安症の治療では最も効果の高い方法の一つとされています。場面緘黙症の治療においては「段階的エクスポージャー法」という形で用いられることが多く、最初は非常に軽度の不安を感じる状況から始め、徐々により困難な状況へと進んでいきます。

例えば、学校で全く声が出せない小学生の場合を考えてみましょう。いきなり「朝の会でクラス全員の前でスピーチをする」という課題に挑戦するのは難しすぎます。そこで段階的なアプローチを設定します。最初の段階では誰もいない教室で声を出す練習から始めます。次の段階では信頼できる先生一人の前で声を出してみます。さらに進んで先生と親しい友達一人の前で声を出せるようになったら、少人数のグループの前で声を出す練習に移ります。そして最終的にはクラス全体の前で発表することを目指します。ここで重要なのは、各段階で十分に慣れてから次のステップに進むことです。焦って先に進もうとすると、かえって不安を増大させてしまう可能性があります。

不安階層表の作成とSUD(主観的不快尺度)の活用

エクスポージャー法を効果的に実施するためには、不安階層表を作成することが重要です。この表を作成する際に用いられるのがSUD(Subjective Units of Distress/Discomfort)と呼ばれる主観的不快尺度です。SUDは自分が最も不安や苦痛を感じるときを100点、まったく不安や苦痛がないときを0点として、それに比べて今どのくらいの不安を感じているかを数値で表したものです。

不安階層表の作り方について説明すると、まず患者が不安や恐怖を感じる刺激や場面を具体的に挙げていきます。そしてそれらを約10段階に分け、0点から100点の強度(SUD)に振り分けて段階的に配列します。この作業は治療者と患者が共同で行います。最も強く不安を感じる場面を100点と設定し、それよりも不安の小さい場面を点数ごとに挙げていき表にまとめます。興味深いことに、この不安階層表を作成する作業自体が「自分が何にどれくらい恐怖を感じているかを見える化すること」として治療的な効果を持つことがあります。自分の不安を客観的に整理することで、漠然とした恐怖が具体的な課題として認識できるようになるのです。

表が完成したら、不安の最も小さい場面から実際に体験していきます。漠然とした不安や恐怖を事実と突き合わせることで、段階的に克服していくことができます。一般的には中等度の不安場面(SUD40点から50点程度)から練習を始め、徐々にSUDが高い場面へチャレンジしていくと効果的であると言われています。恐怖に慣れていくためには「苦手だけれど、頑張ればできるかもしれない」というレベルから始めることが大切です。

場面緘黙症における段階設定の工夫と要素分解

場面緘黙症の治療では、「話しやすい条件」を作り出すために場面を複数の要素に分解して組み合わせる方法がよく使われます。具体的には「人」「場所」「活動」という3つの要素に分けて考えます。

人の要素としては、誰と話すかが重要です。親や先生、友達、知らない人など相手によって不安の程度は大きく異なります。また、何人の前で話すかという点も考慮が必要で、1対1の場面と少人数のグループ、大人数の前では緊張の度合いが変わってきます。さらに相手との関係性として、信頼度や親密度も影響を与えます。

場所の要素としては、どこで話すかを検討します。自宅や学校、病院など場所によってリラックスできる程度は異なります。また、プライバシーが確保されているかどうかも重要な要素です。周囲に人がいる環境よりも、個室など落ち着いた環境の方が話しやすい場合が多いでしょう。

活動の要素としては、どのような形でコミュニケーションを取るかを考えます。会話や雑談だけでなく、音読や挨拶、しりとりなどの言葉遊び、筆談やメール・チャットといった文字によるコミュニケーション、さらにはシャボン玉を吹いたり口笛を吹いたりといった口を動かす遊びも活動の選択肢に含まれます。これらの要素を組み合わせることで、本人にとって挑戦可能な難易度の課題を細かく設定することができるのです。

刺激フェイディング法による話せる場面の拡大

刺激フェイディング法(Stimulus Fading)は、場面緘黙症の治療において非常に有効な技法の一つです。この方法では、場面緘黙症児が話せる場面を「発話刺激」、話せない場面を「緘黙刺激」として捉えます。そして発話刺激と緘黙刺激をフェードイン(少しずつ導入)およびフェードアウト(少しずつ除去)しながら、話せない場面でも話せるようにしていく手法です。

具体例として、母親とは話せる子どもが学校の先生とも話せるようになることを目標とする場合を考えてみましょう。まず第1段階では、母親と一緒に学校で話す練習をします。第2段階では、母親と先生が一緒にいる場面で、母親を経由して先生に話しかけます。第3段階では、母親が少し離れたところにいる状態で先生に直接話しかけてみます。そして第4段階では、母親がいない状態で先生と二人きりで話すことを目指します。このように話せる相手や状況を少しずつ変化させていくことで、話せる場面を徐々に広げていくことができます。

研究によると、実行条件が揃えば刺激フェイディング法は非常に有効であることが示されています。ある選択性緘黙の8歳女児の事例では、特に刺激機能や状況要因、行動の歴史といった要因を検討し操作することが有効であったと報告されています。

シェイピング法と随伴性マネジメントによる行動形成

シェイピング法(Shaping)は、目標となる行動をスモールステップに分けて簡単なものから取り組んでいく方法です。目標行動に少しでも近づいた行動が見られたら報酬として褒めたり認めたりすることで、徐々に目標行動を形成していきます。例えば、声が出せなくても口が動いたら褒めるといった具合です。

具体的な活動例としては、シャボン玉を吹くことで口を動かす練習をしたり、口笛や楽器を吹いたりする活動があります。しりとりは音声を発しやすいゲームとして活用でき、歌を歌うことや読み聞かせを聞いて一言だけ反応するといった活動も有効です。これらの活動から始めて、徐々に会話へと発展させていくことで、自然な形で発話を促すことができます。

随伴性マネジメントは、望ましい行動が起きた際に適切な強化(褒める、認めるなど)を行い、その行動の頻度を増やしていく方法です。場面緘黙の治療では、小さな進歩でも積極的に褒めて自己肯定感を高めることが重要です。「できた」という成功体験の積み重ねが次の挑戦への意欲につながるため、どんなに小さな一歩であっても認めて励ますことが大切です。

スモールステップの重要性と設定のポイント

緘黙児支援においてスモールステップとは、発話を促すために段階的な手順を踏んでいくことを指します。これには行動療法の考え方が背景にあります。場面緘黙の治療には「一気に治すのではなく、段階的な治療・訓練を経て、ゆっくり改善させる」という考え方が非常に重要です。急がず本人のペースを尊重しながら進めることが成功の鍵となります。

スモールステップを設定する際のポイントとして、まず本人の意思を尊重することが挙げられます。どんなに上手くいきそうな練習計画であっても、本人自身がやりたくないことであれば上手くいきません。本人が「やってみたい」と思える課題を設定することが大切です。次に話しやすい条件から始めることも重要です。最初から難しい練習に挑戦するのではなく、まずは話しやすい条件での練習から少しずつ段階的に難しくしていくことが効果的です。

不安度を適切に設定することも欠かせません。子どもにとって高すぎる不安場面では、脳の扁桃体の警報器が鳴り心臓がドキドキして不安が高くなりすぎてしまいます。「苦手だけれど、頑張ればできるかもしれない」というレベルの課題を設定することが重要です。そして成功体験を積み重ねるために、各段階で十分に慣れてから次のステップに進むようにします。この積み重ねが自信となり、より困難な課題への挑戦を可能にします。

エクスポージャー実施時の注意点と専門家の指導

エクスポージャーは患者にとって恐怖を感じる状況に立ち向かわなければならないため、非常に強い苦痛を伴うことがあります。このため実施に当たっては十分な注意が必要です。無理をして高い目標を掲げ、不安や恐怖に立ち向かおうとすると、逆に不安を増大させることになり、ますます自信を失って症状が悪化してしまうことがあります。必ず医師や治療者の指導のもとで一歩ずつ確実にステップアップしていくことが大切です

専門家は本人の状態を客観的に評価し、適切な段階設定を行うことができます。また、治療中に困難に直面した場合も、専門家のサポートがあることで安全に対処することができます。自己流で無理な挑戦を行うことは避け、専門的な指導を受けながら治療を進めることが推奨されます。

学校における支援と教師に求められる理解

場面緘黙のある子どもにとって、学校での理解と支援は非常に重要です。まず教師が理解すべき最も重要な点は、子どもが「話さない」のではなく「話せない」ということです。反抗的にわざと黙っているという誤解をされがちですが、本人は話したくても話せない状態にあるのです。

避けるべき対応として、話すことを強要することや「なぜ話さないの」と問い詰めること、皆の前で話すことを無理に求めること、そして様子を見るだけで何も支援しないことが挙げられます。専門家は「教員は気付いても、何か支援をして失敗するよりも様子を見るという選択を取りがちだ。そっとしているうちに1年たってしまう。場面緘黙への対応はスピード感が大事だ」と指摘しています。早期に適切な支援を開始することが、症状の改善につながります。

具体的な支援方法としては、無理に声を出させるような働きかけはせず、コミュニケーションの代替手段を活用することが有効です。筆談の活用から始め、最初は教師と1対1で行い、徐々に友達とも筆談できるようにしていきます。意思表示カードの使用やタブレット端末等の活用も効果的です。うなずきや首振りなどの非言語コミュニケーションも重要なコミュニケーション手段として認めることが大切です。

評価における配慮も必要です。「みんなの前でスピーチを行えなかったから国語の成績の評価はできません」というような評価は不適切です。どの教科においても「みんなの前で」発表することは本来の学習目標ではないため、発表以外の方法で学習成果を評価することが求められます。また、教師が「あなたの理解者でいたい」ことを伝えることで、子どもにとって安心できる信頼関係を構築することができます。

特別支援教育の活用と合理的配慮

場面緘黙は「情緒障害」に含まれ、特別支援学級および通級による指導の対象となっています。しかし、これらの支援が利用できないケースが後を絶たず、その原因として「担当者の理解不足」が指摘されています。場面緘黙のある子どもの保護者は、学校や教育委員会に対して支援の必要性を説明し、適切な支援体制の構築を求めることが重要です。

場面緘黙のある子どもへの合理的配慮として、様々な事例が報告されています。本人が自分で選択したり決断したりできるよう本人の意思表示を最大限に尊重すること、無理に声を出させるような指導をしないこと、筆談やタブレット端末等を活用したコミュニケーション手段を提供すること、発表の代わりにレポート提出などの代替方法を認めること、小グループでの活動から徐々に参加できる範囲を広げていくことなどが具体的な配慮として挙げられます。

統合的行動アプローチと治療チームの構成

場面緘黙の治療マニュアルとして統合的行動アプローチが知られています。この方法は刺激フェイディング法と段階的エクスポージャー法を中核的な技法としています。クリニックをベースとして、家庭や学校、地域場面で子どもと親と担任が協力して宿題を実施し、その達成度に基づいて次のステップを作成するという流れになっています。標準的には20回のセッションが設定されており、スモールステップがきめ細かく設計されています。

効果的な治療には複数の専門家や関係者の連携が重要です。医療チームとしては精神科医または小児科医、臨床心理士または公認心理師、言語聴覚士などが関わります。教育チームとしては担任教師、特別支援教育コーディネーター、スクールカウンセラーが含まれます。そして家庭では保護者やきょうだいの協力も重要です。これらの関係者が情報を共有し、一貫した方針で支援することで、より効果的な治療が可能になります。

薬物療法については、場面緘黙症の治療において補助的な役割として位置づけられています。抗不安薬や抗うつ薬(選択的セロトニン再取り込み阻害薬であるSSRIなど)が処方されることがありますが、これらはあくまで行動療法を補完するものであり、薬物療法だけで場面緘黙が改善することは稀です。薬物療法を検討する場合は、必ず専門医の指導のもとで行う必要があります。

大人の場面緘黙症の特徴と治療アプローチ

場面緘黙症は子どもに多く見られる症状ですが、必ずしも成長とともに自然に解消するとは限りません。大人になっても症状が残り、就職や人間関係で大きな困難を抱えるケースも存在します。仕事を始めてから「場面緘黙なのかも」と気づく方もおり、上司からの問いかけに返事をすることができない、人前で発表ができない、電話対応ができない、会議で発言できない、書類の記入などで身体がうまく動かなくなる(緘動)といった困りごとが挙げられています。

大人の場面緘黙症に対しても、子どもの治療と同様に段階的曝露療法や認知行動療法が有効とされています。ただし、社会人の場合は職場や生活環境に合わせた実践的な工夫が求められます。まず自己分析から始めることが推奨されます。自分がどのような状況で場面緘黙の症状が出るのかを整理し、普通にコミュニケーションが取れる場面、一旦紙に書いて整理すれば可能な場面、どうしても無理な場面というように段階を分けます。誰となら話せるか、どこなら話せるかを地道に把握していくことが重要です。

自分が克服できそうな状況から少しずつコミュニケーションが取れるように段階的な挑戦を行います。一人で行うのが難しい場合は、カウンセラーや支援者のサポートを受けることも有効です。また、環境の変化が場面緘黙改善に向けた大きなチャンスになることもあります。できれば自分が「しゃべらない人」であることを誰も知らない新しい環境が理想的です。ある当事者は「場面緘黙が治った最初のきっかけは中3で転校したとき。そこから高校入学時、社会に出て働くようになったときと段階を踏んで徐々に改善していった」と語っています。

大人の場面緘黙に対応している支援機関としては、精神科や心療内科、不安症や発達障害に詳しいクリニック、精神保健福祉センター、オンラインカウンセリング、当事者団体や自助グループなどがあります。日本国内にも場面緘黙症をサポートする団体があり、症状に関する正しい情報の提供や当事者・家族同士が交流できる場を設けています。

治療の経過と長期的な予後

適切な治療と支援を受けることで、多くの場面緘黙症のある人は改善を示します。特に早期に発見され適切な介入が行われた場合は、より良好な経過をたどることが期待できます。最近の縦断的研究では、場面緘黙症の症状は成人期までにかなり改善することが示されています。ただし、併存する社会恐怖などの不安障害は残存することが多いことも報告されており、経過についても不安症状と関連が深いことが示唆されています。そのため、場面緘黙の症状が改善した後も不安への対処法を身につけておくことが重要です。

治療成功のポイントとして、まず早期発見・早期介入が挙げられます。症状に気づいたらできるだけ早く専門家に相談することが大切です。次に本人の意思の尊重として、本人が「やりたい」と思える目標と方法を設定することが重要です。スモールステップにより小さな成功体験を積み重ねることで自信をつけていきます。関係者の連携として家庭、学校、医療が情報を共有し一貫した支援を行うことも欠かせません。焦らない姿勢で長期的な視点を持ち本人のペースを尊重することが成功につながります。そして不登校やうつ病などの二次障害の予防のための配慮も重要な要素となります。

まとめ

場面緘黙症は特定の社会的場面で話すことができなくなる不安症の一種であり、「話さない」のではなく「話せない」状態であることを理解することが何より重要です。認知行動療法およびエクスポージャー法(段階的暴露療法)は、場面緘黙症の治療において最も効果的なアプローチとして認められています。刺激フェイディング法やシェイピング法などの行動療法的技法を用いて、スモールステップで段階的に話せる場面を広げていくことが治療の基本となります。

治療の成功には本人の意思を尊重し、小さな成功体験を丁寧に積み重ねることが不可欠です。また、家庭、学校、医療機関が連携して一貫した支援を行うことで、より効果的な治療が可能になります。場面緘黙症は適切な理解と支援があれば改善が期待できる症状です。当事者やその家族、そして周囲の人々が正しい知識を持ち、温かく見守りながら支援することが大切です。焦らず本人のペースを大切にしながら、専門家の指導のもとで段階的な治療を進めていくことで、話せる場面を着実に広げていくことができるでしょう。

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