心療内科・精神科の外来患者数は、2023年時点で約586万人に達し、過去20年間で2倍以上に増加しました。特に新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降、うつ病や不安障害を訴える患者が急増しており、日本社会全体でメンタルヘルスへの関心が高まっています。厚生労働省が2025年1月に発表した資料によると、精神疾患を有する総患者数は約603万人となり、そのうち外来患者は約576.4万人と圧倒的な割合を占めています。本記事では、心療内科・精神科の外来患者数の推移、コロナ禍がメンタルヘルスに与えた影響、初診予約が取れない問題、職場やテレワークにおけるメンタルヘルスの現状、適応障害の増加傾向、若者・Z世代特有の課題、そしてうつ病治療法の進歩について詳しく解説します。

- 精神疾患を有する患者数の全体像と最新統計データ
- 心療内科・精神科外来患者数の過去20年間の推移
- 疾患別に見る外来患者数の動向
- 新型コロナウイルス感染症がメンタルヘルスに与えた世界的影響
- 日本国内におけるコロナ禍のメンタルヘルスへの影響
- コロナ禍が思春期世代のメンタルヘルスに与えた影響
- 新型コロナ後遺症とメンタルヘルスの関連性
- 心療内科・精神科の初診予約問題が深刻化
- 初診予約が取れない構造的な理由
- 初診予約を取るための対策と解決策
- 職場におけるメンタルヘルスと精神障害の労災認定状況
- 精神障害を引き起こす職場での主な原因
- 労働者のストレス実態とストレスチェック制度
- テレワークがメンタルヘルスに与える影響
- テレワークを縮小・中止する企業が増加している理由
- テレワークでメンタル不調に陥る主な理由
- テレワーク時に推奨されるメンタルヘルス対策
- 適応障害患者数の急増とその背景
- 適応障害の原因と主なきっかけ
- 適応障害の症状と特徴
- 適応障害の治療法と回復に必要な期間
- 適応障害の再発率と継続的なケアの重要性
- 若年層のメンタルヘルス悪化とスマートフォンの影響
- SNSが若者のメンタルヘルスに与える影響
- Z世代特有の悩みと他世代との比較
- Z世代はメンタルヘルスケアに積極的
- うつ病の治療法と4つの柱
- 認知行動療法の有効性と薬物療法との併用効果
- うつ病治療ガイドラインの更新と新しい治療法の研究
- メンタルヘルス悪化の社会的背景と精神医療への認識変化
- 今後の課題と求められる対策
- 社会的サポートの重要性と支え合いの体制構築
精神疾患を有する患者数の全体像と最新統計データ
精神疾患を有する患者数は年々増加を続けており、社会的な問題として認識されるようになっています。厚生労働省が2025年1月に発表した資料では、精神疾患を有する総患者数は約603万人に達しており、この内訳として入院患者が約26.6万人、外来患者が約576.4万人となっています。外来患者が全体の95%以上を占めており、精神医療の主軸が外来診療にあることがわかります。
令和5年(2023年)の患者調査によると、精神疾患を有する総患者数は約614.8万人となり、入院患者が約28.8万人、外来患者が約586.1万人という数値が報告されています。これらの数値からも、精神疾患を抱える患者数が着実に増加していることが読み取れます。
疾患別の内訳では、最も患者数が多いのが「気分[感情]障害(躁うつ病を含む)」となっています。次いで「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害」、「その他の精神及び行動の障害」の順で多くなっています。気分障害にはうつ病が含まれており、現代社会においてうつ病がいかに広く蔓延しているかを示しています。
心療内科・精神科外来患者数の過去20年間の推移
心療内科・精神科の外来患者数は、過去20年間で2倍以上という顕著な増加を示しています。厚生労働省のデータによると、2000年に約120万人だった受診者数は、2010年には約190万人へと増加し、増加率は約58%に達しました。この増加傾向はその後も続いており、外来患者数は約223.9万人から389.1万人へと、約165万2千人もの増加を記録しています。
一方で、入院患者数については異なる傾向が見られます。入院患者数は約34.5万人から30.2万人へと減少傾向にあり、この変化は精神医療の方針転換を反映しています。かつては入院治療が中心だった精神医療ですが、現在では外来診療や地域ケアへとシフトしており、患者が地域社会で生活しながら治療を受けるスタイルが主流となっています。
疾患別に見る外来患者数の動向
精神疾患の種類別に外来患者数の変化を見ると、特に顕著な増加を示している疾患がいくつかあります。
認知症(アルツハイマー病) は、15年前と比較して約7.3倍という驚異的な増加を記録しています。この急増は、日本社会における高齢化の進展と密接に関連しています。高齢者人口の増加に伴い、認知症患者数も比例して増加しており、今後もこの傾向は続くと予測されています。
気分障害(躁うつ病を含む) は約1.8倍に増加しており、うつ病患者の増加が社会問題として認識されるようになっています。2020年時点で気分障害の患者数は169.3万人となり、外来患者全体の約28.9%を占めるに至っています。およそ3人に1人の外来患者が気分障害を抱えている計算となります。
神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害 は約1.7倍に増加しています。適応障害などのストレス関連疾患がこのカテゴリーに含まれており、患者数は123.7万人で外来患者全体の約21.1%を占めています。現代社会におけるストレスの増大が、これらの疾患の増加に大きく影響していると考えられます。
統合失調症型障害及び妄想性障害 の患者数は73.7万人となっており、他の疾患と比較すると増加率は緩やかです。
年代別の患者数を見ると、「75歳以上」が約136万人で最も多くなっています。次いで「45歳から54歳」が約98万人、「0歳から24歳」が約79万人と続いています。高齢者層と働き盛りの中年層、そして若年層のそれぞれで精神疾患を抱える人が多いことがわかります。
新型コロナウイルス感染症がメンタルヘルスに与えた世界的影響
新型コロナウイルスのパンデミックは、世界規模でメンタルヘルスに深刻な影響を与えました。世界保健機関(WHO)の報告書によると、パンデミックの最初の1年間に、不安とうつ病の有病率が世界全体で25%という大幅な増加を示しました。この増加の背景には、感染への恐怖、経済的不安、社会的孤立など、複合的な要因が存在しています。
アメリカでは、コロナ禍により抑うつと不安症が3倍以上に増加したと報告されています。パンデミックによる生活様式の急激な変化が、多くの人々のメンタルヘルスに深刻な影響を与えたことが、世界各国の調査で明らかになっています。
日本国内におけるコロナ禍のメンタルヘルスへの影響
経済協力開発機構(OECD)のメンタルヘルスに関する国際調査によると、日本国内のうつ病・うつ状態の人の割合は、2013年調査では7.9%だったのに対し、新型コロナウイルス流行後の2020年には17.3%と約2倍に増加しました。この数値は、パンデミックが日本人のメンタルヘルスに与えた影響の大きさを如実に示しています。
厚生労働省が2024年に発表した厚生労働白書では、「こころの健康」をテーマに掲げ、2020年時点の精神疾患を有する外来患者が586.1万人と12年前から倍増するなど、こころの健康に対するリスクが重視されつつあると分析しています。
精神病を引き起こすようなストレスが健康リスク要因として、生活習慣に次ぐ2番目に多い15.6%となっており、この数値は20年間で3倍に増加しています。2023年実施の調査では、自身のこころの健康状態について、30代から40代の27%が「よくない」または「あまりよくない」と回答しており、働き盛りの世代でメンタルヘルスの問題が深刻化していることがわかります。
コロナ禍が思春期世代のメンタルヘルスに与えた影響
東京近郊の一般思春期児童約2000人を対象とした縦断調査(2023年発表)では、コロナ禍がどのように若い世代のメンタルヘルスに影響したかが明らかになりました。コロナ禍中(2020年3月から2021年9月)に調査が実施された群は、コロナ禍前(2019年2月から2020年2月)に調査された群よりも、抑うつ症状と精神病様症状などのメンタルヘルス指標が悪化していることが示されました。
注目すべきは、この悪化が女子よりも男子でより顕著だったことです。抑うつ症状についてコロナ禍の時期別に検討した結果、男子では学校閉鎖期間後の2020年6月から2021年9月にかけて徐々に悪化していったことがわかりました。この研究結果は、パンデミックが若い世代のメンタルヘルスに長期的な影響を与える可能性を示唆しており、適切な支援策の充実が求められています。
新型コロナ後遺症とメンタルヘルスの関連性
米ニューヨーク大学の研究によると、新型コロナを発症し入院した成人の90%と、入院はしていない成人の25%が、発症から6ヶ月後に、疲労、頭痛、睡眠障害、うつ病、不安など、脳やメンタルヘルスに関連する症状を1つ以上経験したことが示されています。新型コロナウイルス感染症は、急性期の症状だけでなく、長期的なメンタルヘルスへの影響も無視できない疾患であることがわかります。
心療内科・精神科の初診予約問題が深刻化
心療内科・精神科の外来患者数が急増する中、初診予約が取れないという問題が深刻化しています。地域によっては、予約をしても受診できるのが1ヶ月から2ヶ月先というケースも珍しくありません。中には初診患者の予約が6ヶ月待ちというクリニックも存在しており、心の不調を抱えているにもかかわらず、予約が思うように取れず、治療開始が遅れてしまうケースが多発しています。
「初診を待つ間は本当にどうしたらよいかわからず、あと何週間、あと何日とカレンダーを見ながら指折り数えて待っていた」という患者の声も報告されており、この問題の深刻さがうかがえます。
初診予約が取れない構造的な理由
予約が取れない背景には、いくつかの構造的な問題があります。
初診に要する時間の長さ が大きな要因です。再診(2回目以降の診察)は1人あたり5分から7分程度であるのに対し、初診は1人あたり40分から50分かかることが一般的です。初診では、現在最も困っていること、生活習慣、仕事のことなど、さまざまな質問を通じて患者の状態を把握する必要があるため、どうしても時間がかかってしまいます。
再診患者で診療枠が埋まる問題 も深刻です。ある精神科病院のデータによると、再診患者数の割合が全体の95%以上を占めています。初診患者の診療時間は再診患者の3倍から5倍程度かかるため、医師の立場から見ると、3人から5人の既存患者が治療を終了してはじめて1人の初診患者を受け入れられる計算になります。
施設数と医師数の不足 も大きな要因です。令和3年のデータによると、内科の診療所が6,622施設あるのに対して、心療内科は635施設とまだまだ少ない状況です。精神科で働いている医師の数も、平成20年の2,959人から令和2年には4,327人へと増加していますが、患者数の増加ペースに追いついていません。
日本は先進国(OECD加盟国)の中で、人口1000人当たりの医師数が2.4人とOECD加盟37カ国中33番目と、かなり少ない状況にあります。専門医を急に増やすことは難しく、この問題の解決には時間がかかると見込まれています。
初診予約を取るための対策と解決策
予約を取るための対策として、いくつかの方法が提案されています。
新規開院のクリニックを探すこと が有効です。新しく開院したクリニックは既存の患者が少ないため、比較的スムーズに予約を取ることができます。また、既存の病院でも新任の医師がいる場合は、比較的空きがあることも多いとされています。
平日の予約を狙うこと も推奨されています。心療内科の予約は土日や祝日に集中する傾向があるため、平日の午前中や午後の早い時間に予定を空けておくと、予約できる可能性が高まります。
オンライン診療の活用 も注目されています。地域を問わず24時間いつでも予約ができるというメリットがあり、最短で当日診療が可能なオンライン診療サービスも増えています。対面診療と比べてアクセスのハードルが低く、予約困難な状況を改善する一つの手段として期待されています。
職場におけるメンタルヘルスと精神障害の労災認定状況
厚生労働省が2024年6月に公表した「過労死等の労災補償状況」によると、「精神障害」に関する労災請求件数は前年度比205件増の3,780件となりました。支給決定件数は6年連続で増加しており、精神障害による労災は深刻な社会問題となっています。
「脳・心臓疾患」と「精神障害」を合わせた過労死等による労災請求件数は4,810件で、前年度比212件の増加となっています。支給決定件数は1,304件で、同196件の増加となっており、うち死亡・自殺(未遂を含む)の件数は21件増の159件でした。
令和5年度の精神障害による労災支給決定件数は883件で、前年度の710件より173件増加しました。精神障害による労災請求件数は3,575件で、前年度より892件の大幅な増加となり、支給決定件数、請求件数ともに過去最多を更新しています。
精神障害を引き起こす職場での主な原因
支給決定された事案を「出来事」別に見ると、最も多いのが「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」で224件(うち女性101件)となっています。次いで「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」が119件(うち女性40件)、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」が108件(うち女性78件)と続いています。
これらのデータから、職場におけるハラスメントや過重労働が、精神障害発症の主要な原因となっていることがわかります。特にパワーハラスメントは最大の要因であり、職場環境の改善が急務となっています。
労働者のストレス実態とストレスチェック制度
令和5年度の調査では、現在の仕事や職業生活に強い不安、悩み、ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合は82.7%(令和4年調査82.2%)となっており、8割以上の労働者が強いストレスを感じている実態が明らかになっています。
ストレスチェックは、職場におけるメンタルヘルス対策、過重労働対策として実施されるもので、労働者が50人以上いる事業場では、毎年1回、すべての労働者に対してこの検査を実施することが義務付けられています。
国は第14次労働災害防止計画(2023年度から2027年度)において、メンタルヘルス対策に取り組む事業場の割合を2027年までに80%以上とすること、50人未満の小規模事業場におけるストレスチェック実施の割合を2027年までに50%以上とすることを目標として掲げています。
しかし現状では、労働者数50人未満の小規模事業場においては、メンタルヘルス対策に取り組む割合が30人から49人の事業場で73.1%、10人から29人の事業場で55.7%と、取り組みが低調な状況にあります。
テレワークがメンタルヘルスに与える影響
新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、テレワーク(リモートワーク)が急速に普及しました。テレワークには働く場所を選べるメリットがある一方で、メンタルヘルスに対するさまざまな課題も指摘されています。
調査によると、従業員のメンタル不調の要因として「テレワークによるコミュニケーション不足・孤独感」が60.0%で最も多く、「外出しないことによる閉塞感」が56.5%、「新型コロナウイルス感染への不安感」が54.9%と続きました。テレワークでは、周りに相談できる仲間がいない状況に置かれやすく、特に仕事を覚えたての新入社員にとっては、頼れる先輩が近くにいない環境で苦労するケースが多くなっています。
テレワークを縮小・中止する企業が増加している理由
テレワークを縮小・中止する方向の企業に理由を尋ねると、「コミュニケーションに不安があるため」(51.3%)、「連帯感、一体感が損なわれるため」(36.2%)などの回答が比較的多くなっています。
テレワークを実施した従業員の課題としては、「社内のコミュニケーションに支障がある」が47.6%で最も高くなっています。テレワーク時の不安感については、「非対面のやりとりは、相手の気持ちがわかりにくく不安だ」(35.5%)が最も多く、次いで「上司から公平・公正に評価してもらえるか不安だ」(27.2%)、「上司や同僚から仕事をさぼっていると思われていないか不安だ」(26.2%)などが続いています。
テレワークでメンタル不調に陥る主な理由
テレワークでメンタルヘルス不調に陥る主な理由として、他の労働者と顔を合わせる機会が少なくなり孤独感が強くなること、適切な労務管理がしづらく長時間労働になりやすいこと、仕事とプライベートの線引きが難しく気分転換がしづらいことが挙げられています。
また、テレワーク長期化によるメンタルヘルス悪化の要因として、物理的に同じ職場にいないため企業側から従業員の健康状況を把握しにくいこと、オフィス勤務に比べて労働時間の把握・管理が難しいこと、起床から就寝まで同じ場所で仕事と私生活を行うため仕事に集中することが難しいことなども指摘されています。
テレワーク時に推奨されるメンタルヘルス対策
対策として、ビデオ通話やオンラインチャットを利用して、同僚や上司とのコミュニケーションを定期的に行い、孤独感を軽減することが推奨されています。孤独感は抑うつのリスクを高めることが知られており、意識的に人とコミュニケーションを取る時間を作ることが大切です。
企業側が主体的にコミュニケーションの機会を作ることも重要です。雑談チャットを用意する、定期的にオンライン飲み会を企画するといった工夫で、労働者の孤独感の解消が期待できます。また、1対1のミーティングを定期的に行うことで、労働者のストレス状況を早期に把握することができます。
厚生労働省のガイドラインでは、テレワークでは労働者が上司等とコミュニケーションを取りにくく、上司等が労働者の心身の変調に気づきにくいことを踏まえて、健康相談体制の整備やコミュニケーションの活性化のための措置を実施することが望ましいとしています。
適応障害患者数の急増とその背景
大人に多くみられる適応障害は、年々増加傾向にあります。2008年時点では適応障害の患者数は約4.1万人でしたが、2017年には約10.1万人となり、わずか9年で約2倍に増加しました。この増加率は他の精神疾患と比較しても顕著であり、同期間で気分障害は約1.31倍、統合失調症はほぼ横ばいでした。
この背景には、所得減少や共働きといった生活環境の変化が示唆されており、現代人は気づかないうちにストレスを抱えているといわれています。
適応障害の原因と主なきっかけ
適応障害の原因は、ライフスタイルの変化で生じるストレスや不安です。きっかけは人により様々で、新しい職場での人間関係に馴染めない、引っ越し先の環境が合わなかった、妊娠による環境変化への戸惑いなど、要因となる環境は多岐にわたります。
具体的には、仕事や学校、家族関係における「人間関係の不和」「仕事のプレッシャー」「過重労働」などがストレスの原因になることが多くなっています。また、引っ越しや転勤、転校などによる環境の変化や、長期的な病気なども適応障害のきっかけとなります。
適応障害の症状と特徴
適応障害とは、特定のストレスを受ける環境下において、過度な不安や抑うつ感、イライラなどの症状があらわれる状態です。症状は、集中力の低下や不眠、食欲不振などの身体症状としてもあらわれ、私生活に大きな支障をきたすことがあります。
適応障害の特徴として、ストレスから距離を置くと症状が改善されることが挙げられます。原因となっているストレス環境から離れると、いつも通り趣味を楽しんだり日常生活を送れたりすることが多いのが特徴です。
精神的症状としては、抑うつ気分、不安感、イライラ、集中力の低下などが挙げられます。身体的症状としては、不眠、頭痛、食欲不振、全身倦怠感などが現れることが多くなっています。また、月別の患者数を見ると、患者数および割合のいずれも冬季に増加する傾向があることが確認されています。
適応障害の治療法と回復に必要な期間
適応障害の治療は、主に心理療法と薬物療法の二つの柱に分かれます。心理療法では、認知行動療法(CBT)が一般的で、ストレス要因に対する認識や対処法を改善することを目指します。
適応障害と診断されたら、まず環境調整(休職や休学など)を試みることが重要です。適応障害はストレスを除去または軽減すると症状が改善する傾向があるためです。また、生活習慣の改善も重要であり、規則正しい生活やバランスの取れた食事、適度な運動は、心身の安定を取り戻すために必要とされています。
一般的に、適応障害の治療には3ヶ月から6ヶ月かかるといわれています。ただし、治療に必要な期間は、症状の範囲・程度や個人の気質、身体的・精神的な回復力などによって異なります。ストレスの原因から離れられなかったり、症状が重篤だったりすると、年単位での治療期間が必要となり、入院を要するケースもあります。実際の臨床現場では、2ヶ月から3ヶ月程度の治療期間が必要なケースが多いとされています。
適応障害の再発率と継続的なケアの重要性
適応障害は比較的再発率が高い精神疾患として知られています。適応障害を経験した患者の約半数は1年以内に再発していることが報告されています。また、適応障害を経験した患者のうち約70%が2年以内に再発を経験していることも明らかになっています。
厚生労働省の「主治医と産業医の連携に関する有効な手法の提案に関する研究」によれば、適応障害やうつ病などメンタルヘルスの不調で復職した人のうち、1年以内に57.4%、2年以内に76.5%の人が再度休職していました。このことから、適応障害は一度回復しても、再発防止のための継続的なケアが重要であることがわかります。
若年層のメンタルヘルス悪化とスマートフォンの影響
2010年代以降、若年層のメンタルヘルス(精神的健康)の状態が世界的かつ急激に悪化しており、その原因としてスマートフォンやソーシャルメディアの影響が指摘されています。2024年のある調査では、世界のスマートフォン利用者数は48.8億人に達し、普及率は60%を超えています。
Z世代(1990年代後半から2010年代前半に生まれた世代)は、デジタルネイティブとして育ち、ソーシャルメディアとともに成長してきた世代です。この世代特有のメンタルヘルスの課題が注目されています。
SNSが若者のメンタルヘルスに与える影響
ピッツバーグ大学医学部の研究チームの調査によると、SNSの利用頻度が高ければ高いほど、うつ病になりやすいことがわかっています。
2017年に英王立公衆衛生協会(RSPH)は、SNSが若者の心の健康に与える影響について報告書を発表しました。16歳から24歳の若者の91%が交流手段としてSNSを利用しており、SNSがアルコールやタバコよりも依存度が高い可能性があると指摘しています。また、SNSの利用は、不安感や抑うつ、不眠の悪化につながっているのではないかとも指摘されています。
2024年に理化学研究所の国際共同研究チームが発表した研究では、オンラインコミュニケーションの利用が若者の精神的健康に与える影響について、日本で初めての大規模調査が実施されました。その結果、ソーシャルメディアの閲覧など一対多のオンラインコミュニケーションは孤独感を増加させる一方、メッセージの直接的なやり取りなど一対一のオンラインコミュニケーションは幸福感を増加させることが判明しました。
Z世代特有の悩みと他世代との比較
2023年の調査によると、Z世代の悩みのトップ3は「1位:自分の心・性格」「2位:仕事」「3位:恋愛」でした。特に、HSP(高感受性な人々)やアダルトチルドレンという概念がSNSなどで広まる中、多くの若者がこれらの情報をSNSで目にして、自分の心や性格に不安感を持つケースが増えています。
Z世代は、ソーシャルメディアの発展により、常に他者との比較や承認欲求にさらされています。この環境は自己肯定感の低下や孤立感を引き起こすことがあります。また、学業や仕事に対するプレッシャー、経済的な不安、家庭環境の問題などもメンタルヘルスに影響を及ぼす要因として挙げられています。
マッキンゼー・ヘルス・インスティテュート(MHI)が26カ国の42,000人を対象に行った調査によると、Z世代は他の世代よりも多い割合で、ソーシャルメディアによるメンタルヘルスへの悪影響があると回答しています。Z世代の27%がソーシャルメディアによる悪影響を感じているのに対し、ミレニアル世代は19%、X世代は14%にとどまっています。Z世代の35%が1日2時間以上をソーシャルメディアに費やしているのに対し、ミレニアル世代は24%、X世代は17%となっています。
Z世代はメンタルヘルスケアに積極的
一方で、2019年の米国心理学会(APA)の調査では、Z世代は他の世代よりも高い割合でメンタルヘルスの専門家による治療やセラピーを受けたことがあると回答しました。Z世代は37%、ミレニアル世代は35%、X世代は26%、団塊世代は22%でした。これは、Z世代がメンタルヘルスに対してオープンな姿勢を持ち、専門家への相談をためらわない傾向があることを示しています。
Z世代を中心に、カジュアルに心の悩みを吐露できるサービスやアプリが人気を集めています。背景にあるのは「モヤモヤ」を打ち明けて、気持ちを落ち着かせたいという心理です。従来の対面でのカウンセリングに加え、オンラインカウンセリングやチャットでの相談サービス、メンタルヘルスアプリなど、デジタル技術を活用した新しい形のメンタルヘルスケアが普及しつつあります。
うつ病の治療法と4つの柱
うつ病の治療法は大きく4つあり、「休養」「環境調整」「薬物療法」「精神療法」です。これらを組み合わせて、患者の状態に応じた治療が行われます。また、近年では新たな治療法としてTMS治療(磁気刺激治療)も行われています。
薬物療法 では、抗うつ薬が中心となりますが、患者の症状に応じて抗不安薬、抗精神病薬、睡眠薬なども処方されることがあります。抗うつ薬にはさまざまな種類があり、患者の症状や背景を踏まえて最適と思われるものを医師が検討します。薬物療法では、抗うつ薬を用いて神経伝達物質を調整し、気分を安定化させることを目指します。効果が現れるまでには通常2週間から4週間程度かかることが多く、焦らず継続することが重要です。
認知行動療法の有効性と薬物療法との併用効果
認知行動療法(CBT)は、うつ病の有効な治療法として広く認められています。中等症以上のうつ病患者に対するCBTは、薬物療法とほぼ同等の効果を有することが確認されています。
うつ病患者に薬物療法とCBTを併用すると改善率が上がり、薬物療法単独よりも治療中断率を引き下げることが確認されています。さらに、CBTの併用終了後も効果が持続することが報告されています。認知行動療法は、うつ病の患者にありがちな考え方のクセを修正することで、再発予防にも効果があるといわれています。軽度のうつ病の場合は、心理療法のみで効果を発揮するケースも多くあります。
認知行動療法は前頭前野の機能を高め、抗うつ薬は扁桃体の活動を鎮めることで、それぞれ異なるメカニズムで脳機能の回復を図っているのではないかと考えられています。
うつ病治療ガイドラインの更新と新しい治療法の研究
日本うつ病学会治療ガイドライン「大うつ病性障害」は2024年3月に一部改訂されました。また、「高齢者のうつ病治療ガイドライン」は2023年10月に最新版が公開されています。これらのガイドラインは、最新のエビデンスに基づいて定期的に更新されており、医療現場での適切な治療の指針となっています。
2024年2月、京都大学の研究グループは、新しい抗うつ薬として期待されているケタミン誘導体による持続的な抗うつ作用には、視床室傍核と呼ばれる脳の領域が重要であること、そしてその分子メカニズムを発見しました。既存の抗うつ薬は、効果発現まで時間を要すること、治療効果が限定的であること、再燃しやすいことが問題となっています。この研究成果から、持続性を有する新しいタイプの抗うつ薬の開発につながることが期待されています。
難治性のうつ病に対しては、磁気刺激療法(TMS治療)があり、入院の必要はなく、痛みもないため、手軽に受けられる治療法として今後の普及が期待されています。
メンタルヘルス悪化の社会的背景と精神医療への認識変化
現代社会では、核家族化やデジタル化の進展、コロナ禍での行動制限の増加などに伴い、悩みを抱え込みやすい環境に置かれがちです。従来であれば、家族や地域コミュニティの中で自然と相談相手を見つけることができましたが、そうした機会が減少しています。また、インターネットやSNSの普及により、常に他者と比較する機会が増え、自己肯定感の低下やストレスの増加につながっているという指摘もあります。
街にメンタルクリニックが増え、精神科・心療内科を受診する人も増えているため、精神疾患がきわめて特殊な病気という印象は薄れてきています。実際に教育現場でも、メンタルの問題が子どもの抱える大きな問題として認識されるようになっています。
国際共同研究によれば、日本の国民で一生の間にうつ病、不安症など何らかの精神疾患にかかる人の割合は18%と報告されており、大まかに見積もって「5人に1人は一生の間に何らかの精神疾患にかかる」と考えられています。精神疾患は決して珍しいものではなく、誰もがかかる可能性のある病気であるという認識が広まりつつあります。
今後の課題と求められる対策
今後の課題として、早期発見・早期治療の体制整備が挙げられます。精神疾患は早期に適切な治療を受けることで、重症化を防ぎ、回復の可能性が高まります。そのためには、相談窓口の充実や、初診待ち時間の短縮が必要です。職場・自治体等でのメンタルヘルスに関する相談窓口を設置するなど、気軽に相談できる支援体制を構築していくことが重要とされています。
2024年に精神保健福祉法が改正され、地方自治体は相談・支援体制の強化が期待されています。入院医療から地域生活への円滑な医療連携、退院促進を目指した「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の整備が進められています。
社会的サポートの重要性と支え合いの体制構築
研究によると、ストレスの多い時期に他人からサポートを受けることで、うつ病のリスクを軽減できることが示されています。社会的つながりを保つことが、メンタルヘルスの維持にとって重要です。家族、友人、同僚など、身近な人とのつながりを大切にし、困ったときには遠慮なく相談できる関係を築いておくことが推奨されます。また、専門家への相談をためらわないことも大切です。
心療内科・精神科の外来患者数は、この20年間で2倍以上に増加し、2023年時点で約586万人に達しています。新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、世界的にメンタルヘルスの悪化をもたらし、日本においてもうつ病・うつ状態の割合が約2倍に増加するなど、大きな影響を与えました。特に若い世代では、SNSやソーシャルメディアの影響によるメンタルヘルスの問題が指摘されており、Z世代は他の世代と比較してソーシャルメディアによる悪影響を感じている割合が高い状況です。一方で、メンタルヘルスの専門家に相談することへの抵抗感は低下しており、デジタルを活用した新しい形のケアも普及しつつあります。
職場においては、精神障害による労災請求件数が過去最多を更新しており、パワーハラスメントや過重労働が主要な原因となっています。テレワークの普及に伴う新たなメンタルヘルスの課題も顕在化しています。医療提供体制については、患者数の急増に対して心療内科・精神科の施設数や医師数が追いついておらず、初診予約が数ヶ月待ちになるという深刻な状況が続いています。
精神疾患は「5人に1人」が一生のうちに経験する可能性のある身近な病気です。早期発見・早期治療の体制整備、相談窓口の充実、職場のメンタルヘルス対策の強化など、社会全体で支え合う体制を構築していくことが、今後ますます重要となります。

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