学習指導要領改訂案2026で場面緘黙支援はどう変わる?次期改訂の展望を解説

場面緘黙症

我が国の教育制度において、学習指導要領は教育の根幹を成す重要な基準として、約10年ごとに改訂が行われています。現在、2026年度に向けた次期改訂の議論が本格化しており、教育現場や保護者の間で大きな注目を集めています。特に、特別支援教育の分野では、場面緘黙を含む多様な支援ニーズへの対応が重要なテーマとなっており、当事者やその家族から期待の声が高まっています。場面緘黙とは、家庭では普通に話せる子どもが、学校などの特定の場面では話すことができない状態を指します。この状態は本人の意思や性格の問題ではなく、不安が根本的な原因となって生じる症状であり、適切な理解と支援が求められています。2026年の改訂案では、デジタル技術の活用や個別最適な学びの推進が議論されており、これらの方向性は場面緘黙のある児童生徒にとって学びやすい環境を実現する大きな可能性を秘めています。本記事では、次期学習指導要領改訂の動向を詳しく解説するとともに、場面緘黙への支援がどのように充実していく可能性があるのかを探っていきます。

学習指導要領改訂の歴史的背景と2026年改訂のスケジュール

学習指導要領は、第二次世界大戦後の1947年に初めて公表されました。当初は試案として作成され、教育現場での参考資料という位置づけでしたが、1958年の改訂により法的拘束力を持つ教育課程の基準として明確に位置づけられるようになりました。それ以降、社会の変化や教育ニーズに応じて約10年ごとに改訂されてきました。

現行の学習指導要領は、平成29年に小学校と中学校版が、平成30年に高等学校版が改訂されました。小学校では2020年度から、中学校では2021年度から全面実施され、高等学校では2022年度から学年進行で実施されています。この現行の学習指導要領では、主体的・対話的で深い学びの実現が重視されており、児童生徒が自ら考え、対話を通じて学びを深めていくことが求められています。

次期改訂に向けたスケジュールとして、文部科学省は2026年度中に中央教育審議会からの答申を受ける予定となっています。その後、新しい学習指導要領は2030年度から小学校、2031年度から中学校、2032年度から高等学校で順次実施される見込みです。このスケジュールに沿って、2026年度までに各種制度的な準備を完了させる必要があることから、現在、関係者による活発な議論が進められています。

2024年9月18日には、専門家委員会が次期学習指導要領に向けた論点整理を提示しました。さらに同年12月25日には、文部科学省が中央教育審議会に対して初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について諮問を行い、教育課程企画特別部会での本格的な議論が開始されています。これらの議論の中で、特別支援教育の充実や多様な学びのニーズへの対応が重要なテーマとして取り上げられており、場面緘黙への支援もその一環として注目されています。

2026年改訂案で議論されている主要な論点

次期学習指導要領の改訂に向けた議論では、いくつかの重要な論点が挙げられています。これらの論点は、現代社会の変化や技術の進展、そして子どもたちの多様なニーズに応えるための方向性を示しています。

まず、デジタル学習基盤の整備と学びの本質に関する議論が活発に行われています。GIGAスクール構想により1人1台端末が実現した現在、デジタル技術を教育にどのように活用していくかが重要な課題となっています。2025年1月21日のデジタル教科書推進ワーキングループでは、これまでの議論を踏まえた論点整理が行われました。デジタル技術の活用により、個別最適な学びと協働的な学びをどのように実現していくかが検討されています。

次に、情報教育の強化が大きなテーマとなっています。Society 5.0の実現に向けて、情報活用能力の育成が一層重視される方向です。小学校の総合的な学習の時間における情報領域の位置づけや、中学校での情報・技術科の創設など、具体的な制度設計が議論されています。情報技術が社会のあらゆる場面で不可欠となっている現代において、子どもたちが適切に情報を活用できる力を身につけることは極めて重要です。

また、カリキュラムの柔軟性に関する議論も注目されています。義務教育段階において、学校が標準授業時数を調整し、他の授業や活動に時間を配分できる調整可能な授業時数制度の創設が検討されています。これにより、各学校の実態や児童生徒の特性に応じた柔軟な教育課程の編成が可能になると期待されています。特に、特別な支援を必要とする児童生徒にとって、この柔軟性は個別のニーズに応じた教育を実現する上で重要な意味を持ちます。

さらに、継続性の重視も重要な視点です。現行学習指導要領の大きな柱である主体的・対話的で深い学びの理念は、次期改訂においても継続される見込みとなっています。教育の質的向上を図りつつ、これまで培ってきた実践を活かすことが重視されており、急激な変化ではなく、着実な発展を目指す方針が示されています。

場面緘黙とは何か:正しい理解のために

場面緘黙は、特定の社会的状況において話すことができない状態を指します。以前は選択性緘黙と呼ばれていましたが、ICD-11およびDSM-5-TRの日本語版において場面緘黙という用語が正式に採用されました。この用語変更には重要な意味があります。子どもが選択して話さないのではなく、話したくても話せないという状態であることを正しく理解してもらうための変更だったのです。

場面緘黙のある児童生徒は、家庭など安心できる環境では普通に話すことができます。しかし、学校などの特定の場面では声を出すことができません。これは本人の意思や性格の問題、あるいは単なる恥ずかしがり屋というわけではありません。不安が根本的な原因となって生じる症状であり、子どもたちは話したいという強い気持ちを持っていながらも、物理的に声が出せない状態にあるのです。

場面緘黙の発症は、2歳から4歳の時期に多く見られます。しかし、家庭内では普通に話せるため、幼稚園や小学校へ入学する時期まで気づかれないケースも少なくありません。有病率は0.2パーセントから0.7パーセントとされており、約500人に1人の割合で存在すると推計されています。やや女児に多い傾向があることも研究で報告されています。

早期発見の重要性は、専門家の間で強く指摘されています。症状が長期間放置されると、学校での学習活動や社会的な経験の機会が制限され、学業成績や自己評価に深刻な影響が出る可能性があります。教師や保護者が授業や学校生活での子どもの様子をよく観察し、小さな変化に気づくことが早期発見につながります。

医学的な分類として、DSM-5において場面緘黙は不安症のカテゴリに属します。診断基準には、他の状況では話しているにもかかわらず、話すことが期待されている特定の社会的状況において話すことが一貫してできない状態が認められることが含まれます。また、その障害の持続期間は少なくとも1か月以上であることが求められます。

特別支援教育においては、場面緘黙は情緒障害に分類されます。文部科学省は2013年の通知において、場面緘黙が特別支援学級や通級による指導の対象となることを明確にしています。この通知により、制度上は場面緘黙のある児童生徒が適切な支援を受けられる体制が整備されましたが、実際の運用においては依然として課題が残されています。

場面緘黙への学校支援の現状と直面する課題

場面緘黙のある児童生徒は、情緒障害として特別支援学級や通級による指導を利用できる制度が整備されています。2013年の文部科学省通知により、この点は明確化されました。しかし、実際の教育現場では、明確な対象であるにもかかわらず、特別支援学級や通級による指導を利用できないケースが後を絶ちません。

この背景には、いくつかの要因が存在します。まず、学校職員の理解不足が大きな問題となっています。場面緘黙に関する知識の普及が十分でないため、ただおとなしい子として見過ごされたり、単なる性格の問題として捉えられたりすることがあります。また、場面緘黙の子どもに対して知能検査が実施できないことも、支援の利用を妨げる要因となっています。地域によっては受け入れ体制が不足しており、制度はあっても実際には利用できないという状況も見られます。

場面緘黙のある子どもへの支援において最も重要なのは、話すことを強制しないことです。本人の自己表現を尊重し、自己選択・自己決定を可能にする支援が求められます。具体的には、筆談やタブレット端末などの代替コミュニケーション手段の活用が有効です。無理に声を出させようとすると、かえって不安が強まり、症状が悪化する可能性があるため、本人のペースを尊重することが極めて重要です。

教員の視点からの支援として、安心できる学校環境の整備と信頼関係の構築が不可欠です。場面緘黙の子どもは話したくても声が出せないという状態を理解し、その子なりのコミュニケーション方法を認める姿勢が大切です。例えば、うなずきや身振り手振り、ノートでの意思表示など、多様な表現方法を受け入れることで、子どもは安心して学校生活を送ることができます。

合理的配慮の実施も重要な取り組みです。発表や音読の際に代替手段を用いること、本人が安心して過ごせる環境を整えること、クラスメートに適切な理解を促すことなどが考えられます。合理的配慮は、障害のある子どもが他の子どもと平等に教育を受けるために必要な調整や支援を指します。場面緘黙の子どもにとって、音声によるコミュニケーションを前提としない評価方法や、段階的な支援計画の策定などが有効な配慮となります。

場面緘黙親の会による啓発活動の意義

2025年10月21日、場面緘黙親の会が文部科学省の特別支援教育ワーキングループにおいて意見を発表しました。この内容は日本教育新聞電子版にも掲載され、場面緘黙への理解を広める重要な機会となりました。当事者家族の視点から教育現場への提言を行うとともに、社会全体への啓発を進める役割を果たしています。

親の会の活動は、場面緘黙のある子どもを持つ保護者が孤立することなく、情報交換や相互支援を行える場を提供しています。また、教育関係者や医療・心理の専門家とも連携し、場面緘黙への理解を深める活動を展開しています。文部科学省の公式な会議体で意見表明する機会を得たことは、場面緘黙への支援が教育政策の中で重要な位置づけを持ちつつあることを示す象徴的な出来事でした。

さらに、かんもくネットなどの団体も、情報発信や啓発活動を積極的に行っています。これらの団体は、場面緘黙に関する正しい情報を提供するとともに、当事者や保護者の声を集約し、社会に発信する重要な役割を担っています。書籍や研修資料の充実も進んでおり、株式会社学苑社から出版されている専門書籍は、教育現場での実践的な支援方法を提供しています。

近年では、場面緘黙を題材にした漫画や記事がインターネット上で発信されるようになり、一般の人々の認知度も徐々に高まっています。当事者や保護者が自身の経験を発信することで、同じ悩みを持つ人々への情報提供と励ましの役割を果たしています。このような草の根の啓発活動が、教育政策や社会の意識を変える原動力となっています。

2026年改訂案における場面緘黙支援の展望

次期学習指導要領の改訂において、場面緘黙を含む特別支援教育の充実は重要な検討課題の一つと考えられます。現時点で具体的な改訂内容は確定していませんが、これまでの議論の方向性から、いくつかの展望を描くことができます。

まず、個別最適な学びの実現が場面緘黙のある児童生徒にとって大きなメリットをもたらす可能性があります。デジタル学習基盤を活用した個別最適な学びの推進により、タブレット端末やデジタル教科書を用いることで、音声によるコミュニケーションに頼らない学習形態が広がります。一人ひとりの特性や学習進度に応じた学びが実現すれば、場面緘黙の子どもたちも自分のペースで学習を進めることができます。

次に、多様な表現方法の認知が進むことが期待されます。情報教育の強化により、文字入力やデジタルツールを用いた表現活動が一層重視されることが予想されます。これは、音声以外のコミュニケーション手段を必要とする場面緘黙の児童生徒にとって、学習参加の機会を大きく広げることにつながります。デジタルネイティブ世代の子どもたちにとって、タブレットやパソコンを使ったコミュニケーションは自然な表現手段となりつつあります。

また、カリキュラムの柔軟化と個別支援の充実も重要な展望です。調整可能な授業時数制度の創設により、各学校が児童生徒の実態に応じた教育課程を編成しやすくなります。場面緘黙のある子どもに対しては、通級指導の時間を確保したり、個別の配慮を組み込んだカリキュラムを設計したりすることが容易になると期待されます。

さらに、教員の理解促進も不可欠です。学習指導要領の改訂に伴い、教員研修の内容も更新されます。場面緘黙を含む多様な特性を持つ児童生徒への理解と支援方法について、教員養成課程や現職研修において取り上げられることが望まれます。教員が場面緘黙について正しい知識を持ち、適切な支援方法を理解することで、子どもたちはより安心して学校生活を送ることができるようになります。

特別支援教育における具体的な支援の実践例

授業場面での配慮として、場面緘黙のある生徒が授業に参加する際、教員による適切な配慮が有効です。音読や発表を求める際は事前に本人と相談し、代替手段を用意することが重要です。例えば、音読の代わりに黙読や筆写を認めたり、発表の代わりにレポート提出を認めたりする方法があります。挙手による発言ではなく、ノートやタブレットでの意見表明を認めることで、子どもは自分の考えを表現する機会を持つことができます。

グループ活動においても工夫が必要です。本人の役割を工夫し、無理なく参加できるようにすることが大切です。例えば、記録係や資料作成係など、話すことが必須でない役割を担当してもらうことで、グループの一員としての貢献を実感できます。また、デジタルツールを活用すれば、チャット機能などを通じてグループディスカッションに参加することも可能になります。

コミュニケーション手段の多様化は、場面緘黙の子どもにとって極めて重要です。筆談、ジェスチャー、タブレット端末での文字入力など、多様なコミュニケーション手段を認めることが求められます。特にGIGAスクール構想により1人1台端末が実現した現在、デジタルツールを活用したコミュニケーションは場面緘黙の子どもにとって大きな助けとなります。中学校の事例では、メモアプリやコミュニケーションアプリを使用することで、授業中の質問への回答や友人との交流が可能になったケースが報告されています。

段階的な支援も効果的なアプローチです。場面緘黙への支援は、子どもの状態に応じて段階的に行うことが推奨されます。まずは安心できる環境を整え、信頼関係を構築することから始めます。その上で、小さな成功体験を積み重ね、徐々に話せる範囲を広げていく方法が有効です。例えば、最初は家族と教師だけの場面で声を出すことから始め、少しずつ人数を増やしていくといった段階的なアプローチが考えられます。

近年の研究では、Web会議システムを活用した新しい支援方法も報告されています。この方法では、児童生徒が自宅という安心できる環境から参加することで、不安レベルに応じた段階的な発話支援が可能となります。対面では声が出せない子どもでも、オンライン環境では話せるケースがあり、そこから徐々に対面での発話につなげていく取り組みが行われています。コロナ禍を経て普及したオンライン技術が、場面緘黙の支援にも新たな可能性をもたらしています。

個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実

次期学習指導要領の中心的な理念として、個別最適な学び協働的な学びの一体的な充実が掲げられています。この概念は、平成29年から31年の学習指導要領改訂において導入され、小学校では2020年度、中学校では2021年度から実施されています。

個別最適な学びとは、一人ひとりの特性や学習進度、興味・関心に応じた学びを実現することを指します。デジタル技術を活用することで、子どもたちは自分のペースで学習を進めたり、自分に合った難易度の教材を選択したりすることができます。これは、場面緘黙のある児童生徒にとって、音声によるコミュニケーションに頼らない学習形態が広がることを意味します。

一方、協働的な学びは、子どもたちが互いに学び合い、多様な考えに触れながら自分の考えを深めていく学びを指します。一見すると、場面緘黙の子どもにとって協働的な学びは困難に思えるかもしれません。しかし、デジタルツールを活用することで、多様な参加方法が可能となります。例えば、オンラインホワイトボードを使った意見共有や、チャット機能を使ったディスカッションなど、音声に頼らない協働学習の形態が広がっています。

2021年の中央教育審議会答申では、これからの教育課程においてICTを学校における基盤的なツールとして最大限活用しながら、多様な子どもたちを誰一人取り残すことなく育成する個別最適な学びと、子どもたちの多様な個性を最大限に生かす協働的な学びの一体的な充実を実現することが強調されました。この理念は、インクルーシブ教育の実現にもつながる重要な方向性です。

2025年1月のデジタル教科書推進ワーキングループでは、主体的・対話的で深い学びと個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実の関係性について論点整理が行われました。次期改訂においても、これらの理念は継続・発展される見込みです。GIGAスクール構想により整備された1人1台端末環境は、個別最適な学びと協働的な学びの両方を支える基盤となります。場面緘黙のある子どもたちも、タブレット端末を通じてグループ活動に参加したり、自分のペースで学習を進めたりすることが可能になります。

通級指導教室の活用と直面する課題

通級による指導は、場面緘黙のある児童生徒にとって重要な支援の選択肢です。通級指導教室は、通常の学級に在籍しながら、特定の時間に専門的な指導を受けることができる制度です。特別支援学級が別の学級に在籍する形態であるのに対し、通級は通常学級に在籍したまま必要な支援を受けられる点が特徴です。

場面緘黙は情緒障害として通級指導の対象となることが2013年の文部科学省通知で明確にされています。しかし実際には、制度上は明確な対象であるにもかかわらず、利用できないケースが後を絶ちません。その背景には、複数の要因が存在します。学校職員の理解不足により、場面緘黙が通級指導の対象であることが知られていないケースがあります。また、場面緘黙の子どもに対して知能検査が実施できないことが、判定の障壁となることもあります。さらに、地域によっては通級指導教室自体が不足しており、受け入れ体制が整っていない場合もあります。

実際に通級指導を利用できた事例では、良好な成果が報告されています。地域コーディネーターと連携しながら段階的に不安を軽減し、タブレット端末などの代替コミュニケーション手段を活用することで、子どもの状態が改善したケースがあります。専門的な知識を持つ教員による個別指導は、場面緘黙の子どもにとって大きな支えとなります。

一方で、通級指導の利用については慎重な判断も必要です。臨床心理士から慎重に判断するべきとの助言を受ける保護者もいます。通級指導が子どもにとって新たな不安の場となる可能性もあるため、本人の状態を十分に見極めた上で利用を検討することが重要です。子ども本人の意見を聞き、負担にならないかを確認しながら進めることが求められます。

インクルーシブ教育と合理的配慮の実践

2026年改訂に向けた議論の中で、インクルーシブ教育の推進は重要なテーマとなっています。インクルーシブ教育システムとは、障害者の権利に関する条約第24条に基づき、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みです。個人に必要な合理的配慮が提供されることが前提とされています。

文部科学省は、共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システムの構築を推進しています。しかし、日本のインクルーシブ教育の実現はまだ発展途上の状態です。2022年に国連の障害者権利委員会から勧告を受けており、合理的配慮や教育支援員の配置が不十分な場合、障害のある子どもは適切な支援が受けられず、かえって学びの機会が制限される可能性が指摘されています。

場面緘黙への合理的配慮は、インクルーシブ教育の重要な実践例です。場面緘黙の子どもは、授業の妨害をするわけでもなく、誰に迷惑をかけるわけでもないため、教育現場ではただおとなしい子として見逃され、置き去りにされやすい傾向があります。本人と保護者の意見をヒアリングし、具体的な合理的配慮を提供することが極めて重要です。

具体的な合理的配慮の例として、授業での発表方法の選択肢を増やすこと、評価方法の工夫、座席配置の配慮、代替コミュニケーション手段の使用許可などが挙げられます。高等学校の入試面接においても、事前に学校と調整することでタブレット端末の使用が認められた例があります。このような個別の配慮が、場面緘黙のある子どもたちの学びの機会を保障することにつながります。

海外では、学校内で支援チームを組織し、認知行動療法を中心とした多面的な療法が効果を上げています。一方、日本では保護者からの要請を受けて学級内で個別対応を実施するにとどまっているケースが多く、組織的な支援体制の構築が課題となっています。次期学習指導要領の改訂において、このような組織的な支援体制の整備が進むことが期待されます。

場面緘黙と発達障害の関連性

場面緘黙の理解を深める上で、発達障害との関連性を知ることは重要です。医学的には、場面緘黙はDSM-5において不安症のカテゴリに分類されており、発達障害には含まれていません。しかし、日本の行政政策や教育分野では、発達障害者支援法の対象となっており、特別支援教育の枠組みの中で支援が提供されています。

研究によると、場面緘黙のある人の中には、自閉スペクトラム症のような発達障害が併存していることが多いとされています。2000年にアメリカの学会でクリステンセンが発表した研究では、場面緘黙と併存しやすい状態として、コミュニケーション障害、発達性協調運動症、軽度知的障害、自閉スペクトラム症などが挙げられています。

場面緘黙に加えて発達障害が併存している場合、支援のアプローチはより複雑になります。それぞれの特性を理解し、個別のニーズに応じた支援計画を立てることが求められます。例えば、自閉スペクトラム症の特性として感覚過敏がある場合、教室の音環境への配慮も必要になるかもしれません。また、視覚的な情報提示が有効な場合もあります。

学校と医療機関が密接に連携し、多面的な視点から子どもを支えることが重要です。医療機関では診断や治療の観点からアプローチし、学校では日常的な学習環境の中での支援を提供します。両者が情報を共有し、一貫した支援方針のもとで子どもをサポートすることで、より効果的な支援が実現できます。

学校と家庭と専門家の連携体制

場面緘黙のある子どもへの支援では、学校と家庭の緊密な連携が不可欠です。家庭では普通に話せる子どもも、学校では全く話せないことがあるため、両方の環境における子どもの様子を共有することが重要です。保護者と教員が定期的に情報交換を行い、子どもの小さな変化や成長を共有することで、適切な支援計画を立てることができます。

また、医療機関や心理の専門家との連携も効果的です。場面緘黙の支援には、学校だけでなく、医療機関、臨床心理士、言語聴覚士などの専門家との連携が効果的です。子どもの症状や不安の程度に応じて、専門家による心理療法やカウンセリングを併用することで、より包括的な支援が可能となります。

段階的暴露法刺激フェーディング法といった専門的な技法は、心理の専門家の指導のもとで実施されることが望ましいです。段階的暴露法は、不安を感じる場面に少しずつ慣れていく方法です。最初は非常に安心できる環境から始め、徐々に難易度を上げていきます。刺激フェーディング法は、すでに話せる環境に少しずつ新しい要素を加えていく方法です。

学校はこれらの専門家と情報を共有し、一貫した支援方針のもとで子どもをサポートすることが求められます。例えば、医療機関での治療方針を学校での支援にも反映させたり、学校での様子を医療機関にフィードバックしたりすることで、より効果的な支援が実現します。スモールステップの成功体験を積み重ねることで、子どもは徐々に自信をつけていくことができます。

場面緘黙の克服に向けた取り組みと本人の意思の尊重

場面緘黙は適切な支援により改善が期待できる状態です。しかし、克服に向けた取り組みにおいて最も重要なのは、本人の意思とペースを尊重することです。周囲の大人が焦って無理に話させようとすると、かえって不安が強まり、症状が悪化する可能性があります。

本人が話してみたいと思える環境を整え、自発的な発話を待つ姿勢が求められます。小さな目標を設定し、達成することで自信をつけていくアプローチが有効です。例えば、先生と目を合わせる、うなずく、小さな声で返事をするなど、無理のない目標から始めることが重要です。これらの小さな成功体験が積み重なることで、子どもは徐々に話せる範囲を広げていくことができます。

教育現場では、子ども本人の気持ちを丁寧に聞き取ることが大切です。どのような場面で不安を感じるのか、どのような支援があれば安心できるのか、本人の声に耳を傾けることが支援の出発点となります。年齢が上がるにつれて、子ども自身が自分の状態を理解し、必要な支援を伝えられるようになることもあります。このような自己理解と自己決定を支えることも、教育の重要な役割です。

社会全体での理解促進と今後の課題

場面緘黙への理解を広めるためには、教育関係者だけでなく、社会全体での啓発が必要です。場面緘黙は決して珍しい状態ではなく、約500人に1人の割合で存在するとされています。しかし、一般的な認知度はまだ低く、多くの人が場面緘黙について知らないのが現状です。

近年、場面緘黙を題材にした漫画や記事がインターネット上で発信されるようになり、一般の人々の認知度も徐々に高まっています。当事者や保護者が自身の経験を発信することで、同じ悩みを持つ人々への情報提供と励ましの役割を果たしています。このような草の根の啓発活動が、社会の意識を変える原動力となっています。

書籍や研修資料の充実も進んでいます。場面緘黙に関する専門書籍や支援ガイドが出版されており、教員向けの研修資料も整備されつつあります。これらの資料は、教育現場での実践的な支援方法を提供しており、教員の理解促進に貢献しています。

2026年の学習指導要領改訂に向けて、場面緘黙を含む特別支援教育の充実が期待されます。デジタル技術の活用、個別最適な学びの推進、カリキュラムの柔軟化などの方向性は、場面緘黙のある児童生徒にとって学びやすい環境を実現する可能性を秘めています。しかし、制度が整備されても現場での理解と実践が伴わなければ、真の支援にはつながりません。教員研修の充実、専門家との連携体制の構築、保護者への情報提供など、総合的な取り組みが求められます。

日本がインクルーシブ教育を真に実現するためには、国連からの勧告を真摯に受け止め、合理的配慮の提供を充実させることが不可欠です。場面緘黙のある子どもたちがただおとなしい子として見過ごされることなく、適切な支援を受けられる体制を整えることが求められます。また、場面緘黙のある子どもたちが自分らしく学び、成長できる教育環境を実現するためには、教育関係者、保護者、医療・心理の専門家、そして社会全体が協力していく必要があります。

次期学習指導要領の改訂が、すべての子どもたちにとってより良い学びの環境を実現し、場面緘黙のある子どもたちも安心して学校生活を送れる制度設計につながることが期待されます。教育現場での理解促進と実践の充実、そして社会全体での啓発活動を通じて、誰もが自分らしく学べる教育の実現を目指していくことが、私たち社会全体の責務であると言えるでしょう。

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