日本の英語教育は近年、大きな転換期を迎えています。従来の読解と作文を中心とした評価から、リスニングとスピーキングを含めた四技能の総合的な評価へと変化しており、この流れは高校入試にも波及しています。特に東京都で導入された中学校英語スピーキングテストは、都立高校の合否に直接影響を与える重要な試験となっており、受験生とその家族にとって大きな関心事となっています。しかし、この新しい評価方法は、すべての受験生に対して平等に機能しているのでしょうか。十分な英語の知識を持ちながらも、試験という特定の場面における極度の不安によって声を出すことができない生徒がいた場合、その生徒の能力はどのように評価されるべきなのでしょうか。本記事では、場面緘黙という医学的特性を持つ生徒がスピーキングテストという新しい障壁に直面したときの問題と、その解決策としての代替措置の申請方法について詳しく解説していきます。

場面緘黙とは何か:医学的に理解する不安障害
高校入試における英語スピーキングテストの代替措置を考える前に、まず場面緘黙という状態を正確に理解する必要があります。場面緘黙は、単なる内気な性格や意図的な反抗ではありません。これは医学的に定義された不安障害の一種であり、本人が話したいと思っているにもかかわらず、特定の状況下で話すことができなくなる状態を指します。
場面緘黙の最大の特徴は、その選択性にあります。生徒は家庭など安心できる環境では、家族と普通に会話することができます。しかし、学校や公の場、慣れない人の前など、話すことを期待される特定の社会的状況に置かれると、強い不安とパニックの感情が引き起こされ、フリーズ反応と呼ばれる状態に陥ります。この状態では、生徒は文字通り話すことが不可能になり、動きを止め、表情がこわばり、相手とのアイコンタクトを避けようとします。重要なのは、これが意図的な行動ではなく、本人の制御が及ばない生理的な防衛反応であるという点です。
米国精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアル第5版では、場面緘黙の診断基準が明確に定められています。その中でも特に重要なのが、話すことができない理由が、その社会的状況で要求されている話し言葉の知識の不足や、その言語を話すこと自体への不安によるものではないという基準です。つまり、場面緘黙の診断を受けている生徒は、英語力が不足しているから話せないのではなく、不安障害の症状として話せないのです。この区別は、高校入試の英語スピーキングテストにおいて決定的に重要な意味を持ちます。
スピーキングテストが場面緘黙の生徒にとって困難な理由
場面緘黙の症状は、入試本番で突然現れるわけではありません。これらの生徒は日常の学校生活において、さまざまな困難に直面しています。授業中にわからないことがあっても質問できず、教師に指名されても発言できず、グループワークへの参加も困難です。さらに深刻なケースでは、身体的なニーズを伝えられないこともあります。トイレに行きたいと教師に頼むことができず、長時間我慢した結果、健康上の問題に至ることさえあります。
このような日常を送る生徒にとって、高校入試の英語スピーキングテストは、まさに究極の高不安環境と言えます。このテストには、場面緘黙の症状を引き起こすすべての要因が集約されています。第一に、その結果が自分の進学先を左右するという強烈なプレッシャーがあります。第二に、話すことが唯一のタスクであり、話さなければならないという期待が最大限に高まります。第三に、試験監督者や録音機器によって、自分の発話が逐一監視され、評価されるという状況に置かれます。そして第四に、筆記試験のようにじっくり考える時間がなく、質問に対して即座の応答が求められます。
ここには、場面緘黙の生徒特有の残酷なパラドックスが存在します。一般の受験生は、対策講座で学び、試験本番で高得点を取ろうと頑張ることが推奨されます。しかし、場面緘黙の生徒にとって、うまく話そうと意識すること自体が、話すことへの期待を内面的に極度に高める行為となり、それが不安とパニックの直接的なトリガーとなります。したがって、生徒が真面目に試験に臨み、高得点を取ろうと努力すればするほど、不安が増大し、かえって声が出なくなるという悪循環に陥る危険性が極めて高いのです。
法的権利としての合理的配慮
このような困難に対して、保護者や学校は何ができるのでしょうか。ここで重要になるのが合理的配慮という概念です。これは単なるお願いや温情措置ではなく、法的に裏付けられた権利です。
2016年に施行された障害者差別解消法は、国や地方公共団体、民間事業者に対し、障害のある人への合理的配慮の提供を義務付けています。高校入試を実施する都道府県の教育委員会や公立学校は行政機関等に該当するため、合理的配慮の提供は努力義務ではなく、法的義務となります。
合理的配慮とは、特別扱いのことではありません。障害のない生徒と平等なスタートラインに立つことを妨げている社会的なバリアを取り除くために、必要かつ合理的な調整を行うことを指します。今回のケースでは、場面緘黙の生徒にとって、全員一律のスピーキングテストという画一的な方法そのものが、その生徒の能力を正しく発揮することを妨げるバリアとなっています。したがって、そのバリアを取り除くための調整、すなわち代替措置を講じることが、法律によって求められているのです。
重要な点として、合理的配慮の申請にあたり、障害者手帳の所持は必須ではありません。場面緘黙のように、医師の診断があり、社会生活において障壁に直面している生徒も、当然ながら対象に含まれます。学校側が配慮を拒否できるのは、原則として過重な負担にあたる場合のみです。前例がない、特別扱いできない、他の生徒も緊張しているといった理由は、合理的配慮を拒否する正当な理由にはなりません。
合理的配慮において最も重要なのが、建設的対話のプロセスです。これは学校側が一方的に決定するものでも、保護者が一方的に要求を押し通すものでもありません。障害のある生徒とその保護者、そして学校や教育委員会との間で行われる対話を通じて、生徒が直面している具体的な困難とニーズを共有し、相互理解を深め、共に対応案を検討していくことが求められます。学校側がこの対話自体を一方的に拒むことは、それ自体が法律違反となる可能性さえあります。
代替措置申請の具体的なステップ
法的根拠と医学的根拠を理解した上で、保護者が実際に行動を起こすための具体的なプロセスを見ていきましょう。
最初のステップは質の高い診断書の取得
代替措置の申請において、最も重要な基盤となるのが医師による診断書です。まず、精神科、心療内科、あるいは小児科の専門外来など、場面緘黙の診断と治療に精通した医療機関を受診し、正式な診断を受けることが最優先です。障害者手帳は不要ですが、医師による診断書は合理的配慮を申請する上で最も重要かつ不可欠な根拠となります。
ただし、単に場面緘黙という病名だけが書かれた診断書では不十分です。診断書には、医師の所見としてどのような配慮や支援が必要かを具体的に記載してもらうことが不可欠です。医師に診断書を依頼する際は、高校入試の英語スピーキングテストで合理的配慮を申請するために学校や教育委員会に提出すると、目的を明確に伝えることが重要です。
診断書には、診断名、症状の医学的根拠として言語能力の問題ではない点、テストで何が起こるかの予測、そして推奨される具体的な配慮という四つの要素が明記されていることが理想的です。たとえば、本疾患は不安障害の一種であり、本人の英語能力の欠如によるものではないこと、試験のような高不安状況下では制御不能なフリーズ反応により発話が極めて困難となること、したがって高校入学者選抜における英語スピーキングテストにおいては、同生徒の本来の英語能力を公正に評価するため、発話を伴わない代替措置を講じられるよう医学的見地から推奨するといった内容が含まれていると、学校側が配慮を判断する上で非常に強力な根拠となります。
中学校との建設的対話の開始
質の高い診断書を入手したら、次に行うのは建設的対話の開始です。その最初の相手は、高校や教育委員会ではなく、現在在籍している中学校です。
相談のタイミングは非常に重要です。入試の出願手続きが始まる直前では手遅れになる可能性があります。理想的には、中学三年生になった直後の春から夏、遅くとも秋口には相談を開始すべきです。まずは担任教師に相談し、診断書を提示しますが、その際、担任教師個人で抱え込ませず、必ず進路指導主事、学年主任、そして管理職である教頭や校長へと情報を共有し、学校全体としてこの問題を認識してもらうよう依頼します。
対話を進める際には、まず取得した質の高い診断書を提示します。そして、場面緘黙が話せないのではなく話したくても話せない不安障害であることを丁寧に説明します。特に、診断基準において英語力がないわけではないこと、スピーキングテストでは症状が測定されてしまうことを強調します。合理的配慮が障害者差別解消法に基づく法的義務であることを伝え、診断書に基づいて希望する具体的な代替措置を提案します。
この対話で前例がないと言われた場合は、法律は前例の有無ではなく、個別のニーズに基づく対話を求めていますと冷静に伝えることが重要です。対話の内容、つまりいつ、誰と、何を話し、何が決まったか、あるいは継続審議かといった情報は、必ず面談記録として文書やメールで記録し、双方で確認するようにします。
教育委員会への正式な申請プロセス
中学校との対話は、多くの場合、教育委員会への正式な申請のための地ならしとして機能します。東京都の中学校英語スピーキングテストの予備日に関する申請手続きのマニュアルが、正式な申請プロセスの流れを理解する上で参考になります。
予備日の申請プロセスでは、まず東京都教育委員会のサイトから予備日受験申請書をダウンロードし、理由を記入します。次に、欠席理由に応じた診断書や証明書等を準備し、画像データ化します。そして最も重要なのが、申請書と診断書を中学校の担当教員に提出し、校長公印の入った申請書の写しを受領することです。その後、保護者用マイページにログインし、校長公印のある申請書の写しと診断書の画像データをアップロードして申請します。申請後、審査が行われ、結果がマイページで通知されます。
このプロセスから学ぶべき重要な点は、保護者がウェブ申請するにもかかわらず、校長公印が必須とされているということです。これは、中学校側が申請内容を認知し承認していることを、試験実施主体である教育委員会が確認したいという意図の表れです。したがって、中学校との建設的対話が不十分で、学校側の理解が得られていない場合、この校長公印の取得で行き詰まる可能性があります。教育委員会に申請する前に、まず味方であるべき中学校を、質の高い診断書と建設的対話によって説得し、合意形成を完了させておくことが、申請プロセス全体の成否を分ける鍵となります。
考えられる代替措置の選択肢
合理的配慮は、生徒一人ひとりのニーズに応じて、学校側との建設的対話を通じて個別に検討されるものです。場面緘黙の生徒のスピーキングテストに関しては、一般的に複数の選択肢が対話のテーブルに載せられるべきです。
試験環境の調整による症状の緩和
最初の選択肢は、話すこと自体は前提としつつ、不安を引き起こす要因をできるだけ減らす措置です。具体的には、他の受験生がいない別室での受験、試験官との対面ではなく録音機器への吹き込み、あるいはリラックスできる環境での実施などが考えられます。
しかし、この選択肢には限界があります。場面緘黙の核心は人目や場所だけでなく、話すことへの期待そのものです。そのため、環境をどれだけ調整しても、不安が勝りフリーズ反応が起きてしまう生徒には、このレベルの配慮は不十分な場合があります。
応答方法の変更による発話の代替
二つ目の選択肢は、一般的な合理的配慮であるテキストや筆談でのやり取りを、スピーキングテストに応用するものです。質問に対し、声ではなく、コンピュータへのタイピングや筆談で回答することを許可したり、質問形式を自由回答ではなく選択式に変更したりする方法が考えられます。
ただし、この方法にも限界があります。スピーキングテストの本来の評価目的である流暢さ、発音、即時性とは乖離が生じるため、評価が難しくなる可能性があります。
試験科目の変更による発話の免除と代替評価
三つ目の選択肢が、場面緘黙の生徒にとって最も本質的な代替措置となります。一つの方法は、スピーキングテストの免除です。これは単なるゼロ点扱いではありません。スピーキングテストの受験を免除した上で、その配点を同日に行われる他の三技能の成績、あるいは中学校の内申点に基づいて統計的に算出し、スピーキングテストのみなし得点とする方法です。
もう一つの方法は、代替テストの実施です。スピーキングテストの代わりに、同等の英語知識を測るための、発話を伴わない特別な筆記試験またはリスニング試験に振り替える方法です。
建設的対話の中で、学校側は試験の公平性や前例を重んじるため、まずは最も変更が少ない環境調整を提示してくる可能性が高いと予測されます。保護者側は、ここで質の高い診断書を根拠に交渉する必要があります。本人の症状は場所の問題ではなく、発話という行為そのものによって引き起こされるため、単なる環境調整ではフリーズ反応の誘発を防ぐことは困難であり、発話を伴わない措置が医学的に必要であると、診断書に基づいて明確に主張することが重要です。
特にスピーキングテストの免除と得点換算は、学校側にとっても新たな試験問題の作成や特別な別室や機材の準備といった追加コストが発生しないため、過重な負担にも該当しにくい、最も合理的かつ実行可能な解決策であると主張できます。
実際の合理的配慮の成功事例
場面緘黙の生徒への合理的配慮は、すでに多くの学校現場で実施されており、具体的な成功事例も報告されています。これらの事例は、代替措置の申請を検討する保護者にとって、大きな励みとなるでしょう。
ある中学校では、英語のスピーキングテストにおいて、多くの人の前では話せないが、親しい友人と一対一であれば話せる生徒に対して、別の時間と場所で個別にテストを実施するという配慮が行われました。この事例では、生徒が安心できる環境を整えることで、本来の英語力を評価することができました。
また別の事例では、授業中の音読や発表が困難な生徒に対して、意思表示カードを用いた代替コミュニケーションが導入されました。これにより、生徒は声を出さずとも自分の意思や理解度を教師に伝えることができるようになり、授業への参加が可能となりました。さらに、コンピュータやタブレット端末を活用した筆談による回答も、効果的な代替手段として機能しています。
重要な点として、合理的配慮の内容は固定的なものではなく、個々の生徒の状態やニーズに応じて柔軟に決定されるということです。場面緘黙の症状は個人差が大きく、ある生徒にとって有効な配慮が、別の生徒には適さない場合もあります。したがって、建設的対話を通じて、その生徒にとって最も適切な配慮を見つけ出すことが求められます。
興味深いことに、一部の大学では診断書の提出なしでも合理的配慮の申請を受け付けているケースがあります。これは、診断を受けられる医療機関が限られている地域があることや、診断を受けるまでに時間がかかる現実を考慮したものです。ただし、高校入試においては、客観的な証拠として診断書が求められることが一般的ですので、早めの医療機関受診を強くお勧めします。
場面緘黙への社会的理解の進展
場面緘黙への社会的な理解と支援は、近年著しく進展しています。2025年10月21日には、場面緘黙親の会が文部科学省の中央教育審議会における特別支援教育のワーキンググループで意見を発表しました。これは教育政策における場面緘黙への取り組みとして、歴史的な一歩と評価されています。
このような動きは、場面緘黙だけでなく、吃音や音声障害など、言語面での困難を抱える生徒全体への配慮の必要性を浮き彫りにしています。特に正式な診断を受けていない生徒が、スピーキングテストの導入によって著しい不利益を被る可能性が指摘されており、より包括的な支援体制の構築が求められています。
また、文部科学省も場面緘黙への対応について、学校現場での支援方法に関するガイドラインを示すなど、積極的な取り組みを進めています。これらの動きは、場面緘黙の生徒が適切な教育機会を得られるよう、制度面での整備が進んでいることを示しています。保護者が合理的配慮を申請する際、こうした社会全体の理解の進展を背景として、より自信を持って権利を主張できる環境が整いつつあると言えます。
早期準備が成功の鍵
お子さんがスピーキングテストの場で話せない、あるいは声が出せないのは、本人の努力不足や練習不足、英語力の欠如が原因ではありません。それは場面緘黙という医学的に定義された不安障害による、本人の意思では制御することができない反応です。
そして、障害者差別解消法に基づき、お子さんには、その症状によって不当に低い評価を受けることなく、公正な評価を受けるために合理的配慮を要求する法的な権利があります。これはお願いや嘆願ではなく、正当な権利の行使です。
ただし、その権利を行使し、お子さんの未来を守るためには、感情論ではなく、戦略的な準備が不可欠です。成功への鍵は、早期の準備と質の高い証拠です。今すぐにでも行動を開始してください。まずは専門の医療機関を受診し、なぜスピーキングテストが無理なのか、そしてどのような代替措置が医学的に必要かを具体的に明記した、質の高い診断書を入手すること。次に、その診断書という強力な根拠を携え、一刻も早く中学校との建設的対話を開始してください。
スピーキングテストの目的は、生徒の不安障害の症状を測ることではなく、その生徒の英語の知識を測ることです。代替措置の申請は、そのテストの本来の目的を達成し、お子さんが持つ本来の能力を公正に評価してもらうための、論理的かつ正当なプロセスに他なりません。すべての生徒がその能力に見合った教育の機会を得られることを願っています。

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