場面緘黙症は、親の育て方や家庭環境が原因で発症するものではありません。これは現在の医学的・心理学的見解として明確に示されている事実です。「うちの子は家では元気に話すのに、学校では全く話さない」という状況に直面し、「自分の育て方が悪かったのでは」と自責の念を抱える親御さんは少なくありませんが、緘黙のある子どもの親と緘黙のない子どもの親には違いがないことが研究によって確認されており、育て方に問題があるという説は現在では撤回されています。
本記事では、場面緘黙症と家庭環境・親の育て方の関係性について、最新の研究や専門家の見解を基に詳しく解説していきます。場面緘黙症の正しい理解、実際の原因、家庭での適切な接し方、そして治療法や支援制度まで、お子さんの症状に悩む親御さんが知っておくべき情報を網羅的にお伝えします。

場面緘黙症とは何か——特定の場面で話せなくなる不安症の一種
場面緘黙症とは、家庭内や家族の前では問題なく話すことができるにもかかわらず、学校や職場など特定の社会的状況において話すことができなくなる状態を指します。英語では「Selective Mutism」と呼ばれ、米国精神医学会(APA)が定めた「精神障害の診断と統計の手引き(DSM-5)」では、「他の状況で話しているにもかかわらず、特定の社会的状況において、話すことが一貫してできない」状態と定義されています。
ここで重要なのは、場面緘黙症のお子さんは「話したくない」のではなく、「話したくても話せない」状態にあるということです。本人が意図的に話さないことを選択しているのではなく、話そうとしても声が出ない、言葉が出てこないという状態に陥っているのです。この点を正しく理解することが、場面緘黙症への適切な対応の第一歩となります。
場面緘黙と全緘黙の違いについて
緘黙には大きく分けて「全緘黙」と「場面緘黙(選択性緘黙)」の2種類が存在します。全緘黙は家庭や学校などの区別なく、あらゆる場面で話さない状態を指すのに対し、場面緘黙は特定の場面でのみ話せなくなることを意味します。本記事で解説するのは主に場面緘黙についてであり、多くのケースで家庭では普通に話せるのに、学校や公共の場では話せなくなるという特徴を持っています。
場面緘黙症の重症度による分類
場面緘黙の程度は一人ひとり異なり、症状の重さによって分類されることがあります。
軽症型は、家庭内ではほぼ問題なく話すことができ、家庭外では発話はできないものの、筆談やスポーツなどを通じて周囲とコミュニケーションを取ることができる状態です。不安症状はほとんど見られず、活力や明瞭さが保たれています。
中間型は、家庭内ではほぼ問題なく話すことができますが、家庭外では発話ができないことに加えて、周囲とのコミュニケーション自体を拒否する傾向が見られます。不安症状が現れ始める段階です。
重症型は、家庭内でも父親とだけ話せないなど、家族内においても発話できない場面が存在する状態です。家庭外では発話ができないだけでなく、身振り手振りを含めた他人とのコミュニケーションも拒否します。不安やパニック症状が強く、さらに身体が思うように動かせず固まってしまう「緘動症状」が出ることもあります。
DSM-5-TRに基づく場面緘黙症の診断基準
場面緘黙の診断は、DSM-5-TR(精神疾患の診断・統計マニュアル)に基づいて行われます。診断基準として設けられている5つの項目について説明します。
第一に、他の状況で話しているにもかかわらず、話すことが期待されている特定の社会的状況において話すことが一貫してできないことが挙げられます。第二に、その障害が学業上、職業上の成績、または対人的コミュニケーションを妨げていることが条件となります。第三に、その障害の持続期間が少なくとも1ヶ月であり、入学後最初の1ヶ月間だけに限定されないことが求められます。第四に、話せない状態がその社会的状況で要求される話し言葉の知識や、言語に感じる快適さの不足によるものではないことが必要です。第五に、その障害はコミュニケーション症ではうまく説明されず、また自閉スペクトラム症、統合失調症、または他の精神症の経過中にのみ起こるものではないことが条件となります。
場面緘黙症の有病率と発症年齢——決して珍しくない症状
場面緘黙症の有病率は調査によってばらつきがありますが、一般的に0.03%から1%の間とされています。アメリカでは0.7%という調査結果が広く引用されています。
日本国内においては、近年実施された大規模な調査で重要な数値が報告されています。小学生約14万7千人を対象とした調査において、有病率は0.21%という結果が得られました。これは約500人に1人の割合に相当し、小学校に1人から2人はいる計算になります。この数字からわかるように、場面緘黙症は決して珍しい症状ではなく、どの学校にも該当する児童がいる可能性があるのです。
場面緘黙症の発症時期について
場面緘黙は子ども時代に発症することが多く、特に2歳から8歳頃に発症する傾向が見られます。中でも2歳から5歳で診断を受けるケースが多いと報告されています。
発症のタイミングとしては、社会的な交流や発表などの機会が増える入園・入学後に症状がはっきりしてくることが多いです。保育園や幼稚園など、家庭以外の場所で日中の生活を送るようになった時に、周囲の大人が気付くことが多いのです。家庭では普通に話していたお子さんが、園や学校では全く話さないという状況に直面して、初めて場面緘黙の存在に気付く親御さんも少なくありません。
場面緘黙症の男女比
場面緘黙は男子よりも女子のほうが発症しやすいとされています。日本の報告では、男子1人に対して女子は1.8人程度という比率が示されています。ただし、男女同数という調査結果も存在しており、完全に統一された見解があるわけではありません。いずれにせよ、性別に関係なく発症する可能性があることを認識しておくことが重要です。
場面緘黙症の原因——親の育て方や家庭環境は原因ではない
場面緘黙症は、親の育て方や家庭環境が原因で発症するものではありません。 これは現在の医学的・心理学的見解として確立されている事実です。多くの親御さんが「自分の育て方に問題があったのではないか」「家庭環境が良くなかったのではないか」と心配されますが、この考えは誤りです。
過去には「親の育て方に原因がある」とする説もありましたが、現在ではその因果関係は認められていません。研究によって、緘黙のある子どもの親と緘黙のない子どもの親には違いがないことがはっきりと示されており、育て方に問題があるという説は撤回されています。
家庭では話せるのに園や学校で話さないという状況から、「親のせいでは」と悩む方も多いと思いますが、育て方と場面緘黙症の発症の間には特に関係がないとされています。場面緘黙症は、親のしつけや育て方が原因で発症するものではなく、生まれ持った気質や脳の発達、環境要因などが複合的に関係していると考えられています。
場面緘黙症の実際の原因——複数の要因が絡み合う
場面緘黙の原因は単一ではなく、人によってさまざまな要因が複雑に絡み合っていると考えられています。はっきりとしたメカニズムは完全には解明されていませんが、主に以下の要因が関係していると専門家は考えています。
抑制的な気質と場面緘黙症の関係
場面緘黙のある人に共通して見られるのは、不安や緊張を感じやすい「抑制的な気質」を持っていることです。この気質は後天的に形成される性格ではなく、生物学的な要因として考えられています。
アメリカの心理学者ジェローム・ケーガン氏の研究によると、生後4か月の乳幼児期にすでに、刺激に対して高反応を示す抑制的気質なタイプと、ほとんど反応を示さない非抑制的気質なタイプが存在することがわかっています。前者は将来内向的になり、後者は外交的になる確率が高いとされています。
何か新しい場面があったときに敏感に反応してしまう行動抑制的な気質は、子ども全体の約1割程度に存在すると考えられています。そのような気質を持っている子どもが入園や入学といった環境の変化、あるいはいじめなどをきっかけとして、不安感が急激に高まって発症してしまうのです。
脳科学から見た場面緘黙症の発症メカニズム
脳には扁桃体という危険に反応する部位があります。場面緘黙の子どもはこの扁桃体が刺激に対して過剰に反応してしまい、些細な刺激でも大きな不安を感じてしまうという研究仮説が提唱されています。
不安や緊張を感じやすいというのは、脳の扁桃体という部位が関係していると言われており、緘黙症の人は周囲の刺激に対して扁桃体が過剰に反応してしまうため、症状が現れると考えられています。抑制的気質を持っている子どもは、もともと刺激に対して敏感であり、他の子どもが反応を示さないような場面や状況にも強い反応を示します。その結果、より多くの緊張や不安を感じてしまい、話さないことでその緊張・不安を回避しようとする自己防衛が発動していると考えられています。
環境要因と場面緘黙症の発症
入園・入学や転居などの急激な環境変化、発達面の偏りや苦手領域、回避行動を助長する環境要因などが場面緘黙の発症に影響することがあります。ただし、これらはあくまで「きっかけ」であり、根本的な「原因」ではないことを理解する必要があります。
重要なのは、これらの環境要因も「親の育て方」とは異なるということです。環境の変化は子どもの成長において避けられないものであり、それ自体が悪いわけではありません。入園や入学は子どもの発達にとって必要なステップであり、それが場面緘黙の発症につながったとしても、親御さんが責任を感じる必要はないのです。
遺伝的要因と場面緘黙症
場面緘黙の人は「不安になりやすい」「緊張を感じやすい」気質を持っていることが多く、この気質には遺伝が関係しているという説があります。つまり、生まれ持った特性として不安を感じやすい傾向があり、これは親の育て方によって形成されるものではなく、遺伝的に受け継がれる可能性のある特性なのです。
なぜ「親が原因」と誤解されてきたのか
場面緘黙症が「親の育て方が原因」と誤解されてきた理由の一つは、家庭では普通に話せるのに外では話せないという症状の特性にあります。外部の人から見ると、「家庭に何か問題があるのではないか」「親が厳しすぎるのではないか」などと想像されてしまうことがあったのです。
しかし、これは全くの誤解です。場面緘黙は周りから性格が原因だと誤解されがちで、しばしば家庭環境が問題だと考えられてしまうこともありますが、家庭環境とは全く関係ありません。むしろ、家庭が安心できる場所だからこそ、そこでは話せるのです。 家庭で話せることは、家庭環境に問題がない証拠であり、お子さんにとって家が安心できる居場所であることの表れなのです。
場面緘黙症と発達障害の関連性
場面緘黙症の医学的な位置づけについて理解することも重要です。場面緘黙は医学上の定義では不安症(不安障害)の一種と考えられており、発達障害には含まれていません。しかし、教育分野や行政政策の上では「場面緘黙」は発達障害者支援法の支援対象になっています。
学校教育においては「情緒障害」に分類されており、「特別支援教育」の対象となります。法令上は「発達障害者支援法」の対象として省令に含まれているため、支援を受けることができます。このような制度的な位置づけを理解しておくことで、適切な支援につなげやすくなります。
発達障害との併存について
場面緘黙症は発達障害とは別の障害であると認識されていますが、発達障害や不安症は場面緘黙と併存しやすいという研究報告があります。2000年にアメリカの学会でクリステンセンが発表した説によると、コミュニケーション障害、発達性協調運動症、軽度知的障害、自閉スペクトラム症(ASD)などとの併存が見られる場合があるとされています。
臨床場面での報告では、場面緘黙児の中には「かなりの割合で神経発達障害を併発している」「コミュニケーション障害を併存するケースが多い」「感覚統合障害が見られる子どもがいる」などが挙げられています。緘黙の子どもの特徴は自閉スペクトラム症の特性と似ている面があり、「緘黙=自閉スペクトラム症」ではありませんが、合併することは比較的多いとも報告されています。
専門家による診断の重要性
人によっては、場面緘黙だけ発症しているのか、それとも発達障害を合併しているのか判断することが必要になります。場面緘黙の人の中には、うつ病のような精神障害を合併している可能性もあるため、自己診断は避け、専門家による適切な診断を受けることが重要です。
発達障害が原因となって場面緘黙を発症していると考えられるケースもあるため、場面緘黙は発達障害と併発しやすいと考えて治療環境を整備したほうが、将来を考える上では有効です。専門家の診断を受けることで、お子さんの状態を正確に把握し、最適な支援計画を立てることができます。
家庭での適切な接し方——やってはいけない対応と効果的なサポート
場面緘黙症のお子さんに対して、家庭でどのように接するべきかを理解することは非常に重要です。まず、やってはいけない対応について説明します。
緘黙症状が出ている場面で「挨拶しなさい」「ちゃんと言ってみて」などと無理矢理に挨拶やお礼、話をさせようとすることは避けてください。これをやっても本人は困ってしまうだけで、わざわざ失敗経験をさせていることにしかなりません。お子さんは話したくても話せない状態にあるため、強制されることでさらに不安が高まり、症状が悪化する可能性があります。
また、「人と関わる経験をたくさんさせれば治るのではないか」と考えることも誤りです。場面緘黙は「経験不足」から生じているものではありません。塾や習いごと、放課後等デイサービスなどにたくさん通わせても、緘黙症状の改善には直接つながりません。むしろ、本人にとって負担となる場面が増えるだけで、逆効果になることもあります。
安心できる環境づくりの重要性
場面緘黙症のお子さんは「話したくない」のではなく「話せない」状態にあります。そのため、「どうして話さないの?」と責めたり無理に話させようとしたりすると、かえって不安が強まってしまいます。まずは、話さなくても受け入れられる環境をつくり、安心感を与えることが最も重要です。家庭はお子さんにとって安心して話せる場所であり、その安心感を損なわないように心がけてください。
言葉以外のコミュニケーション方法の活用
話せなくてもお子さんが安心して意思を伝えられるよう、言葉以外の方法を活用することが有効です。ジェスチャーや筆談、カードを使うなどの工夫を取り入れると、言葉が出にくい場面でもスムーズに意思を伝えやすくなります。これにより、お子さんは「話せなくてもコミュニケーションは取れる」という自信を持つことができます。
肯定的な声かけを心がける
家庭では「~しないと困るよ」という否定的な声かけではなく、「~するといいことがあるよ」という肯定的な言葉かけを心がけましょう。子どもが言った言葉を繰り返してあげたり、話せた時に発話や発話の内容を具体的に挙げてほめることが大切です。小さな成功体験を積み重ねることで、お子さんの自信につながります。
温かく見守る姿勢の大切さ
家族が「なぜ話さないの?」と責めたり焦ったりするのではなく、「今は話せないだけ」と理解し、温かく見守ることが、子どもにとって大きな安心感につながります。プレッシャーをかけず、子どものペースを尊重しながら応援する姿勢が、症状の改善を後押しします。焦らず、長い目で見守っていくことが重要です。
場面緘黙症の治療法と回復への道
場面緘黙症は適切な治療によって改善が期待できる症状です。これは非常に重要なポイントです。場面緘黙は脳の損傷や先天的異常などの不可逆的・恒久的な器質障害ではなく、社交不安症の一つとして考えられる症状であるため、適切な治療的介入を行えば症状の改善が可能です。
専門家は「適切な対応によって、場面緘黙は必ず改善します」と断言しています。早期に発見し、適切な支援を受ければ改善の見込みは高く、研究では3年以内に大多数が寛解する例も報告されています。「治らないのではないか」と心配する親御さんも多いと思いますが、希望を持って治療に取り組むことが大切です。
段階的エクスポージャー法による治療
場面緘黙の治療でもっとも効果があるとされているのは「段階的エクスポージャー法」という手法です。「エクスポージャー」とは、不安などの原因になる刺激に段階的に触れることで少しずつ慣れていくという方法で、不安症の治療では最も効果の高い方法の一つとして知られています。
「段階的エクスポージャー法」では、チャレンジの要素を「人」「場所」「活動」の3つに分け、1回につき1つだけ要素を変えていくというステップを踏みます。例えば、最初は家で家族と話す練習をし、次に家で親しい友達と話す練習をするというように、少しずつ条件を変えていくのです。
スモールステップの考え方と実践
緘黙児支援でスモールステップという場合、発話を促すために段階的な手順を踏んでいくことを指します。これには行動療法の考え方が背景にあります。子どもの「活動」「場所」「人」の不安レベルを把握し、不安レベルが小さい順からスモールステップでチャレンジしていきます。
「話しやすい条件」を作り出すときによく使われるのが、場面を「人」「場所」「活動(すること)」に分解して組み合わせる方法です。「活動」には「会話」「雑談」の他にも、「音読」「挨拶」「しりとり」などの声を出す活動や、「筆談」「メール」のような活動も組み合わせることができます。
スモールステップ成功のポイントとして、練習が上手くいくためには「本人の意思」が最も重要です。本人自身がやりたくないことであれば上手くはいきません。話す相手が本人にとって「話したい」と思える相手でなければ、練習のための意欲は湧きづらいのです。また、「スモールステップ」を考える際に大事なのは、「いかに小さなステップを作るか」ではなく、「何を目指すか(ゴールの設定)」です。
その他の治療法について
場面緘黙症の治療には、段階的エクスポージャー法の他にも、認知行動療法(CBT)、系統的脱感作法、家族療法、薬物療法などが用いられます。薬物療法は主に補助的な役割を果たし、治療は個々の状況に応じて組み合わせて行われます。どの治療法が最適かは、お子さんの状態や年齢、症状の程度などによって異なるため、専門家と相談しながら決めていくことが重要です。
学校での支援と配慮——教師の理解と具体的な対応方法
学校での支援は場面緘黙症のお子さんにとって非常に重要です。場面緘黙について研究を続ける専門家は「以前に比べると認知は進んでいるが、理解は遅れている」と指摘しています。
「教員からすると、場面緘黙の子は困らない子。周りに迷惑を掛けないし、現実的な問題として学級にはもっと手の掛かる子たちがたくさんいる。また、場面緘黙の子は自分から悩みを発信することができないので、困っていないように見えてしまう」という現状があります。しかし、場面緘黙の子どもは内心では非常に困っており、適切な支援が必要なのです。
学校で求められる支援のポイント
緘黙の児童・生徒への支援で求められることは、まず第一に「不安の除去」です。安心して過ごせるような環境設定や信頼できる人間関係の構築が何より大切です。
「言ってみてごらん」「小さな声でいいから」など話し出すのを待つことは、注目を必要以上に集め、心理的な負担を大きくしてしまいます。ただし、「どうせできないから順番を飛ばしてあげよう」などと勝手に順番を飛ばすこともよくありません。本人の気持ちを確認しながら、適切な対応を探ることが大切です。
非言語コミュニケーションの活用と発表方法の工夫
「言葉で話すこと」を求めるのではなく、話さなくても成立するような非言語的なコミュニケーションを促進するための代替的なツールの工夫が必要です。例えば写真カードや文字カードなど視覚的なコミュニケーションツールを活用すること、筆談や描画などによるやり取り、交換日記など様々な対応や支援が考えられます。
また、「みんなの前で」発表することにこだわる必要はありません。子どもが自分に合った発表の方法を選べるようにするとよいでしょう。その子どもに合った発表の方法を認めることで、自分の考えを「話す」ことに自信がもてるようにすることがポイントです。
早期対応の重要性について
「教員は気付いても、何か支援をして失敗するよりも、様子を見るという選択を取りがちだ。そっとしているうちに、1年たってしまう。場面緘黙への対応はスピード感が大事だ」と専門家は指摘しています。症状に気付いたら早めに対応を始めることが、お子さんの回復にとって重要です。
保護者との連携の必要性
教員は場面緘黙の子どもに気付いた時、まず場面緘黙について知識を得ること、そして保護者と連携しながら本人の話を聞くということが重要です。家庭での様子と学校での様子を共有することで、お子さんの状態をより正確に把握し、効果的な支援につなげることができます。
二次障害の予防——早期支援の重要性
場面緘黙症において、二次障害の予防は非常に重要なテーマです。幼少期に発症した緘黙症に対して適切な支援が受けられずに大人になった場合、症状の改善が遅くなるだけではなく、うつ病や不安障害などの他の精神障害、不登校や引きこもりなどの二次的な問題を生じやすくなります。
年齢を重ねるにつれて、話せないことが原因で理不尽な扱いを受けたり、子ども自身に劣等感を生じたりすることも少なくありません。その結果、引きこもりや不登校、うつ病、社会不安障害などの二次障害を発症するリスクが高くなります。
適切な支援なく学校生活を過ごした場合、長期にわたるストレス状況から、うつ的症状や不登校などの二次的な問題へとつながるケースも見られます。海外の資料によれば、たとえ発話ができるようになったとしても、成人後に社会不安障害などの不安障害に悩まされることも多く、早い時期からの適切な対処の重要性が強調されています。
二次障害を防ぐために
二次障害を防ぐために重要なのは、お子さんに「安心できる居場所がある」と知ってもらうことです。例えば、学校の授業で発表する際に筆談を許可するなど、本人ができる方法でコミュニケーションを取るようにすることで、自分の居場所があると感じることができ、自信にもつながります。
環境改善は二次障害を防ぐためにも重要視されており、話せない原因が場面緘黙症にあり、子どもの意思や性格によるものではないと周囲に理解してもらうことは、子どもが安心して過ごせるようにするために欠かせない要因です。
周囲が無理にしゃべらせようとすると症状が悪化したり、不登校などの二次的な問題を引き起こしたりする可能性があります。場面緘黙は「そのうち治る」と軽視されやすい一方で、放置すれば深刻な二次障害につながる可能性のある症状です。子どもが学校で話せない姿を見たら、「性格」や「恥ずかしがり屋」で片づけず、専門家に相談することが大切です。
相談先と利用できる支援制度
場面緘黙症を疑う場合に相談できる機関について説明します。医療機関としては、精神科、心療内科、小児科などが挙げられます。子どもの場合は、児童精神科や発達外来が専門的な対応をしてくれます。その他、教育相談センターや発達障害者支援センターでも相談を受け付けています。専門家の診断を受けることで、適切な治療や支援を受けることができます。
利用できる支援制度について
場面緘黙は、国の基準では「発達障害者支援法」の支援対象に含まれています。そのため、精神障害者保健福祉手帳の取得、就労移行支援の利用、自立支援医療(精神通院)の適用など、様々な支援を受けることができます。これらの支援制度を活用することで、治療費の負担軽減や就労に向けたサポートを受けることが可能です。支援制度の詳細については、お住まいの地域の相談窓口で確認することをお勧めします。
大人の場面緘黙症——職場での困難と対処法
場面緘黙は子どもの頃に発症する人が多く、大人になってから新たに発症するケースは比較的少ないとされています。しかし、子どもの頃に発症した場面緘黙が、性格の問題だと見なされて適切な治療を受けられないまま大人になり、職場などで苦しい思いをされている方も少なくありません。
幼少期に適切な支援や治療を受けられずに大人になると、生きにくさを感じながら社会生活を送っているというケースも存在します。大人の場合、学校生活ではなく職場や公共の場で症状が現れ、業務や人間関係に大きな支障を及ぼすことがあります。長期間放置されたことで症状が固定化しているケースも多く、より専門的な治療や環境調整が必要になります。
職場で見られる具体的な困難
大人の場面緘黙は特に職場で表れやすいといわれています。のどが圧迫されるような感覚で声が出ない、質問したいことがあるのに上司や同僚に話しかけられない、話しかけられたときにすぐに答えられない、上司からの問いかけに返事をすることができない、人前で発表ができない、書類の記入などで身体がうまく動かなくなるなどの症状や困難が見られます。
仕事中に上司や部下とコミュニケーションが取れないという困難は深刻です。指示がわからなかったときに「質問したい」と思っていてもその声が出なかったり、初対面の人や取引先に書類を提出するなど慣れていない状況だと思うように体が動かないことがあります。
緘動(かんどう)について
場面緘黙は、特定の場面で話せなくなること(緘黙)に加えて、身体を思ったように動かせなくなる「緘動(かんどう)」という症状が現れることがあります。これは話せないだけでなく、身体全体が緊張して動けなくなってしまう状態です。職場では書類を渡す、電話を取るなどの基本的な動作も困難になる場合があります。
大人の場面緘黙症への対処法
場面緘黙のある方が働きやすい環境を見つけるためには、自分の症状を正しく理解し、どのような場面で困難を感じるかを把握しておくことが重要です。職場での工夫としては、メールやチャットなど文字によるコミュニケーション手段を活用すること、必要に応じて上司や人事に症状について説明し配慮を求めること、電話対応が少ない業務を担当させてもらうことなどが考えられます。
また、就労移行支援などのサービスを利用して、自分に合った働き方や職場環境を見つけるサポートを受けることもできます。大人であっても、段階的エクスポージャー法や認知行動療法などの治療法は有効です。「もう大人だから手遅れ」ということはありません。専門家と相談しながら、自分のペースで改善を目指していくことができます。
まとめ——親の育て方は原因ではなく、適切な支援で必ず改善する
場面緘黙症は、親の育て方や家庭環境が原因で発症するものではありません。これは現在の医学的・心理学的見解として確立されています。緘黙のある子どもの親と緘黙のない子どもの親には違いがないことがはっきりしており、育て方に問題があるという説は撤回されています。
場面緘黙症の原因は、生まれ持った不安を感じやすい気質や脳の働き、環境要因など、複数の要素が複雑に絡み合って発症すると考えられています。親御さんにとって大切なのは、自分を責めることではなく、お子さんの状態を正しく理解し、適切な支援につなげることです。
場面緘黙は適切な対応によって必ず改善します。 一人で悩まず、発達相談窓口や専門機関に相談し、お子さんに合った支援を受けていきましょう。家庭は、お子さんにとって安心して話せる大切な場所です。その安心感を大切にしながら、焦らず、お子さんのペースに寄り添っていくことが、回復への第一歩となります。

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