「家では普通に話せるのに、学校や職場に行くと急に話せなくなる」—これが場面緘黙症の特徴です。多くの人が「ただの人見知り」や「内気な性格」と誤解しがちですが、実は適切なサポートが必要な発達障害の一つです。
場面緘黙症は、特定の状況下で言葉が出なくなる症状で、決して本人の意思で話さないわけではありません。話したくても話せない状態に陥るのです。社会生活において様々な困難を抱えることも少なくなく、当事者にとって日常は思わぬ「難所」が待ち構えています。
今回は場面緘黙症の人が経験する「あるある」エピソードを紹介します。これらを知ることで、周囲の理解が深まり、当事者への適切なサポートにつながるかもしれません。場面緘黙症の方が抱える悩みや困りごとについて、私たちと一緒に理解を深めていきましょう。

場面緘黙症とは?特徴と一般的な誤解について
場面緘黙症は、家庭など特定の環境では普通に会話ができるのに、学校や職場といった別の環境では話すことができなくなる症状です。単なる「恥ずかしがり屋」や「人見知り」とは異なり、医学的には不安障害の一種として認識されています。
場面緘黙症の主な特徴として、以下のような点が挙げられます:
- 家庭では家族と問題なく会話できるのに、特定の社会的状況では一貫して話せない
- 症状が1ヶ月以上続く
- リラックスできる状態でも特定の場所では話せない
- 症状が社会生活に支障をきたしている
一般的な誤解として多いのが、「わざと話さない」「努力が足りない」という見方です。しかし実際は、本人が意思の力で解決できるものではありません。生物学的な要因と心理的要因が複雑に絡み合っており、脳が受ける刺激に過敏に反応する気質を持つケースが多いのです。
また、場面緘黙症の多くは幼少期に発症し、集団生活が始まる4歳以降に気づかれることが多いですが、周囲の理解や適切な支援がないまま成長すると、大人になっても症状が続くこともあります。成人の場面緘黙症は、就労や社会生活において深刻な障壁となることがあります。
何より重要なのは、「話さない」のではなく「話せない」という状態であることを理解することです。本人は話したいという気持ちを持っていても、体が言うことを聞かないのです。
場面緘黙症の子どもや大人によくある困りごとは?
場面緘黙症の方が直面する困りごとは、年齢によって異なる側面があります。子どもから大人まで共通する困りごとと、それぞれの年代特有の課題をまとめました。
子どもの場合
子どもの場面緘黙症は、学校生活のあらゆる場面で困難をもたらします:
- 出席確認で返事ができない:名前を呼ばれても「はい」と答えられず、周囲から変な目で見られる
- トイレに行きたいと伝えられない:トイレに行きたくても先生に言えず、我慢するか失敗してしまう
- 授業中に質問ができない:分からないことがあっても質問できず、学習の遅れにつながる
- 忘れ物を報告できない:教科書などを忘れても先生に言えず、「貸して」も言えないため授業についていけない
- 体育の授業で動きが固まる:緊張で体が動かなくなり、スムーズに参加できない
これらの困難が積み重なると、学校に行くこと自体が大きなストレスとなり、不登校や引きこもりにつながるケースもあります。
大人の場合
大人になっても場面緘黙症の症状が続く場合、職場や社会生活で以下のような困難に直面します:
- 会議での発言ができない:アイデアがあっても発言できず、評価されにくい
- 電話対応ができない:電話が苦手で、業務に支障をきたす
- 上司や同僚からの質問に即答できない:質問されると固まってしまい、能力不足と誤解される
- 書類を提出する際に声をかけられない:提出物があってもタイミングよく渡せない
- 休憩時間の雑談ができない:コミュニケーションが取れず、職場で孤立しがち
これらの困難は、職場での評価に直結することが多く、能力があっても正当に評価されない状況を生み出します。また、社会的孤立から二次的に抑うつ症状を引き起こすリスクも高まります。
共通する困りごと
年齢を問わず共通する困りごととして、以下のようなものがあります:
- 緊急時に声を出せない:怪我や体調不良の際も、助けを求められない
- 「ありがとう」「ごめんなさい」が言えない:基本的な挨拶や謝罪の言葉が出せず、失礼な人と誤解される
- 周囲の理解が得られにくい:外見では分からない障害のため、理解されにくく適切な配慮を受けられない
- 自分の意思や考えを表現できない:自分の意見や希望を伝えられず、本意でない選択を強いられることがある
これらの困りごとは、日常生活のあらゆる場面で発生し、当事者の生活の質を大きく低下させることがあります。適切な理解と支援が必要です。
場面緘黙症の人が日常生活で経験する”あるある”エピソードとは?
場面緘黙症の方が日常生活で経験する特徴的な「あるある」エピソードを、場面別にご紹介します。当事者にとっては切実な現実ですが、これらを知ることで周囲の理解が深まるかもしれません。
学校・職場あるある
- 「あって言ってみて!」と言われる:話せないことを知っている人から「ほら、一言だけでも」とせがまれ、プレッシャーを感じる
- 声を聞いたことがないと言われる:実は授業の音読などで声を出しているのに、「一度も声を聞いたことがない」と言われる
- 質問されると完全にフリーズする:答えが分かっていても、質問されると頭が真っ白になり、体が硬直する
- 挙手ができない:発言したい内容があっても手を挙げることができず、機会を逃す
- グループワークが地獄:自己紹介や意見交換の場面で話せず、グループの雰囲気を悪くしてしまう不安に駆られる
- 電話は最大の難関:電話での会話が極度に苦手で、必要な用事があっても電話をかけられない
お店や外出先あるある
- 注文ができない:レストランで注文できず、メニュー表を指さしたり、同行者に頼むことで乗り切る
- 店員を呼べない:何か必要なものがあっても店員を呼ぶことができず、諦めることが多い
- レジでの会話が苦手:「ポイントカードはお持ちですか?」などの質問に答えるのが怖く、コンビニやスーパーでも緊張する
- カスタムオーダーは不可能:「コーヒーに砂糖を入れてください」など、特別なリクエストができない
- 予約したサロンや病院をキャンセル:行く前に緊張して予約をキャンセルしてしまうことがある
コミュニケーションあるある
- 気配を消すのが得意:存在感を消して、目立たないように振る舞うことに長けている
- 頷くことが精一杯:「はい」「いいえ」も言えず、うなずくことでコミュニケーションを図る
- チャットやメールなら流暢:文字でのコミュニケーションは比較的得意で、対面では想像できないほど活発に会話できる
- 声の大きさの調整が難しい:話せる場面でも声が小さすぎて聞き返され、余計に萎縮する
- 話せる相手と話せない相手がはっきり分かれる:家族や親しい友人とは普通に話せるのに、特定の人や集団の前では全く話せなくなる
- 初対面の方が話しやすいこともある:意外にも初対面の人とは話せるが、2回目、3回目と会うごとに話せなくなることがある
その他の日常あるある
- くしゃみや咳を我慢する:人前でくしゃみや咳をすることさえ恐れ、必死に我慢する
- テレパシーがあれば良いと切実に思う:言葉を発さずに意思疎通ができる能力を本気で欲しいと思う
- 家庭と外での人格が完全に別人:家では活発に話す姿を学校や職場の人に見られたくないと思う
- 「普通に話せばいいのに」と言われる:周囲からの理解が得られず、努力不足と誤解される
- 説明しても理解されない:「場面緘黙症です」と説明しても、理解されないことが多い
これらのエピソードは、場面緘黙症の方が日々直面している現実の一部です。本人にとっては大きな苦痛や不便を伴う経験であり、決して「わがまま」や「性格の問題」ではないことを理解することが重要です。
場面緘黙症の人への適切な対応とサポート方法は?
場面緘黙症の方へのサポートは、強制や焦りではなく、理解と配慮から始まります。適切な対応によって、当事者の不安を軽減し、コミュニケーション能力の改善につながる可能性があります。
基本的な接し方
- 緘黙を容認する:「話さない」のではなく「話せない」状態であることを理解し、無理に話させようとしない
- プレッシャーをかけない:「どうして話さないの?」と責めたり、急かしたりしない
- サポートはさりげなく行う:特別扱いが目立つと余計に緊張するため、自然なサポートを心がける
- 話さなくても受け入れる:話さなくても、その場にいることや参加すること自体を評価する
- 非言語コミュニケーションを大切にする:うなずきや表情、筆談など、言葉以外のコミュニケーション方法を認める
環境づくりのポイント
- 少人数から始める:大勢の前では話しにくいため、少人数での活動から始める
- 発言の代替手段を用意する:挙手の代わりにカードを使うなど、発言以外の意思表示の方法を提供する
- 直接的な質問を避ける:「はい」「いいえ」で答えられる質問や選択肢を提示する
- 成功体験を増やす:小さな成功体験を積み重ね、自信を育む
- 予測可能な環境をつくる:何が起こるかわからない状況は不安を強めるため、見通しを持たせる
学校・職場での具体的サポート
- 出席確認は挙手制にする:名前を呼ばれて返事をする方式ではなく、挙手で確認する
- トイレタイムを設ける:「今からトイレの時間です」と全体に告げ、言い出しやすくする
- 複数人での発表を取り入れる:一人で発表するのではなく、グループでの発表を取り入れる
- コミュニケーションツールを活用する:メールやチャットなど、文字でのコミュニケーション手段を認める
- 家庭と外部で情報共有をする:家庭と学校・職場で情報を共有し、一貫したサポートを行う
医療・福祉的サポート
- 専門家への相談:場面緘黙症に詳しい医療機関(精神科・心療内科・児童精神科など)に相談する
- 認知行動療法の活用:段階的に不安を軽減していく治療法が効果的なケースがある
- 福祉サービスの利用:発達障害者支援法に基づく支援サービスを活用する
- 障害者手帳の取得検討:症状が社会生活に大きく影響する場合、障害者手帳の取得を検討する
- 二次障害の予防:抑うつや社会不安障害など、二次的な問題の予防に努める
適切なサポートは、当事者の生活の質を大きく向上させます。本人の特性を理解し、強みを活かしながら、無理なく社会参加できる環境を整えることが重要です。
場面緘黙症と他の障害や状態との違いは?
場面緘黙症は、一見すると他の障害や状態と似た特徴を持つことがありますが、重要な違いがあります。適切な理解と対応のためには、これらの違いを知ることが大切です。
場面緘黙症と自閉スペクトラム症(ASD)の違い
場面緘黙症と自閉スペクトラム症は併存することもありますが、基本的な違いがあります:
- コミュニケーションの特性:
- 場面緘黙症:特定の状況でのみ話せなくなるが、家庭など安心できる環境では問題なく会話できる
- ASD:対人コミュニケーション全般に困難があり、状況に関わらずコミュニケーションのパターンに特徴がある
- 社会的関心:
- 場面緘黙症:社会的関心はあるが、不安から話せない
- ASD:社会的相互作用への関心自体が薄いケースがある
- 興味・関心の偏り:
- 場面緘黙症:特定のこだわりや興味の偏りは必ずしも見られない
- ASD:特定の分野への強い興味や、こだわりが特徴的
場面緘黙症と社会不安障害の違い
場面緘黙症は社会不安障害と関連が深く、成長とともに社会不安障害に移行するケースもありますが、以下のような違いがあります:
- 年齢と症状:
- 場面緘黙症:主に子どもに見られ、特定状況での言語表現が困難
- 社会不安障害:様々な年齢で発症し、社会的状況全般への不安が特徴
- 症状の表れ方:
- 場面緘黙症:「話せない」という形で症状が顕著に表れる
- 社会不安障害:赤面、動悸、震えなど身体症状も伴うことが多い
- 不安の対象:
- 場面緘黙症:話すこと自体への不安
- 社会不安障害:否定的評価への恐れなど、より広範な社会的不安
場面緘黙症と単なる「人見知り」の違い
「人見知り」は性格特性の一つですが、場面緘黙症とは明確に異なります:
- 持続期間:
- 場面緘黙症:症状が1ヶ月以上続き、慣れても改善しないことが多い
- 人見知り:慣れるとともに徐々に改善する傾向がある
- 症状の強さ:
- 場面緘黙症:話すことが完全にできなくなる
- 人見知り:緊張はするが、必要なら話すことができる
- 日常生活への影響:
- 場面緘黙症:学業や仕事など社会生活に大きな支障をきたす
- 人見知り:多少の不便はあっても、日常生活に深刻な影響はない
場面緘黙症と他の言語障害の違い
場面緘黙症は言語発達や言語能力の問題ではなく、不安による症状です:
- 失語症との違い:
- 場面緘黙症:言語能力自体は正常で、特定状況でのみ話せない
- 失語症:脳の障害により言語理解や表出に根本的な困難がある
- 構音障害との違い:
- 場面緘黙症:話せる環境では発音や構音に問題はない
- 構音障害:特定の音の発音に一貫した困難がある
- 吃音症との違い:
- 場面緘黙症:話せる状況では流暢に話せる
- 吃音症:どの状況でも特定のパターンの非流暢性が見られる
場面緘黙症の特徴を正しく理解することで、他の障害や状態と区別し、適切な支援につなげることができます。また、これらの障害が併存するケースもあるため、総合的な評価と支援が重要です。
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