家では普通に話せるのに学校では一言も話せない。こうした「場面緘黙」の症状に悩む子どもたちが少なくありません。さらに場面緘黙の症状を持つ子どもは不登校になるリスクが高いことも分かってきました。場面緘黙の子どもは、通常の子どもと比較して小学生で約17倍、中学生で約7倍も不登校になりやすいというデータもあります。
場面緘黙と不登校は密接に関連し、共通する要因も多いものの、それぞれ異なる特性を持つ課題です。場面緘黙は「治すべきもの」であり、不登校は「選択肢の一つ」とも言えます。本記事では、場面緘黙と不登校の関係性、サポート方法、改善へのアプローチについて、専門家の知見をもとに詳しく解説します。
子どもが特定の場所で話せなくなる症状に気づいたとき、それは単なる「恥ずかしがり屋」や「わがまま」ではなく、医学的な支援が必要な状態かもしれません。本記事を通して、場面緘黙と不登校の理解を深め、適切な対応方法を学びましょう。

場面緘黙症とは何か?その症状と原因について
場面緘黙症(選択性緘黙症とも呼ばれる)は、家では普通に会話できるのに、特定の場所や状況(学校や幼稚園など)では話せなくなる症状を特徴とする不安障害の一種です。アメリカ精神医学会による世界的な診断基準「DSM-5」では、「ほかの状況で話しているにもかかわらず、話すことが期待されている特定の社会的状況において、話すことが一貫してできない」と定義されています。
日本では法令上、発達障害者支援法における発達障害の一つとして位置付けられており、学校教育では情緒障害に分類され、特別支援教育の対象となっています。
場面緘黙の主な症状
場面緘黙の症状は人によって異なり、程度もさまざまです:
- 緘黙(完全に話せない): 特定の場所や状況で全く話せない状態
- 低言語(限定的に話せる): 小声でしか話せない、または特定の人とだけ話せる状態
- 非言語コミュニケーションの障害: 表情やジェスチャーが乏しくなる
話せないだけでなく、行動の抑制も伴うことが多く、以下のような症状が見られます:
- 体が固まって動けなくなる
- 鉛筆が持てない、文字が書けない
- 着替えができない、運動ができない
- 食事ができない、トイレに行けない
これらは医学的には場面緘黙の症状には含まれませんが、実際には高い頻度で出現します。
場面緘黙の原因とメカニズム
場面緘黙の原因は完全には解明されていませんが、いくつかの要因が関与していると考えられています:
- 遺伝的要因: 場面緘黙には遺伝的な要素も影響している可能性があります
- 脳の機能的要因: 脳内の神経伝達物質の働きや、扁桃体の活動が関係している可能性があります
- 環境要因: 転校、引っ越し、いじめなど環境の変化がきっかけで発症することもあります
- 気質的要因: 不安や緊張を感じやすい気質を持つ子どもに多く見られます
場面緘黙は、特定の場面で強い不安を感じ、その不安が話すことを妨げるメカニズムで発生します。不安を感じると脳内でノルアドレナリンという物質が分泌され、心拍数上昇や筋肉の緊張などの身体反応が起こります。この状態が続くと話すことが困難になり、話せない経験が失敗体験となって不安を高め、悪循環に陥ります。
重要なポイントは、場面緘黙は「わがまま」でも「親の育て方」が原因でもないということです。本人の意思とは関係なく話せなくなる症状であり、決して「話さない」のではなく「話せない」状態なのです。
場面緘黙と不登校の関係性とは?
場面緘黙と不登校は、深い関連性を持つことが研究によって明らかになっています。幼児から中学生まで210名の場面緘黙の子どもを対象にした研究では、場面緘黙の子どものうち14.4%が不登校状態にあることが分かりました。学年別では、幼児で4.1%、小学生で14.2%、中学生で28.2%が不登校になっています。
これを一般の児童生徒と比較すると、場面緘黙の子どもは小学生で約17倍、中学生で約7倍も不登校になりやすいという結果が出ています。特に不安度の高い中学生では、不登校の割合が50%以上にも達するケースがあります。
場面緘黙と不登校の因果関係
場面緘黙と不登校の関係には、以下の3つのパターンが考えられます:
- 場面緘黙が不登校の原因となる場合: 話せないことが原因で学校に行きたくなくなる
- 不登校が場面緘黙の原因となる場合: 学校に行けなくなったことで話せなくなる(比較的稀)
- 両者に共通する要因がある場合: 強い不安症状や繊細な気質など、共通の要因によって両方の状態が生じる
臨床経験からは、3つ目の「共通する要因がある場合」が最も多いと考えられています。場面緘黙も不登校も単一の原因で説明できるものではなく、様々な要因が相互に影響し合って現れるものです。
場面緘黙と不登校の決定的な違い
場面緘黙と不登校には重要な違いもあります。それは**「ゴールの考え方が異なる」**という点です:
- 場面緘黙は「話せるようになること(緘黙症状の改善)」がゴールです
- 不登校は「学校に行けるようになること」だけがゴールではなく、「学校に行かないことを選択すること」や「学校以外の学び方や生活の仕方をすること」といった多様な解決があります
この違いは、次の2つの要因から生じています:
- 期間の違い: 「学校に通う」のは人生のほんの一時ですが、場面緘黙は治さなければ生涯続く可能性があります
- 重要性の違い: 「学校」には他の選択肢がありますが、「話すこと」には同等の代替手段がありません。話すことはヒトを他の生物から区別する基本的な特性の一つです
このように、場面緘黙は「治す」もの、不登校は「選ぶ」ものと考えることができます。
場面緘黙の子どもへの効果的なサポート方法
場面緘黙の子どもをサポートする上で大切なことは、本人の気持ちを理解し、適切な環境作りと段階的なアプローチを行うことです。
基本的なサポート姿勢
- 本人の気持ちを理解する
- 話せないことを責めたり、無理強いしたりしないようにしましょう
- 「話さない」のではなく「話せない」状態であることを理解しましょう
- 本人の不安や緊張を認め、受け入れましょう
- 安心できる環境を作る
- リラックスできる場所や時間を確保し、安心感を与えましょう
- 学校や先生との連携を図り、緘黙について理解してもらいましょう
- 発言を強制されない、周囲からからかわれないような環境を整えましょう
- スモールステップで目標を立てる
- 小さな目標を立て、達成感を味わえるようにサポートしましょう
- 話せる場面から少しずつ話す相手や場面を広げていきましょう
- 成功体験を積み重ねることを重視しましょう
効果的な治療アプローチ
場面緘黙の改善に効果的とされる方法には以下のようなものがあります:
- 認知行動療法
- 不安を軽減するための具体的な考え方や行動を学ぶ心理療法
- 場面緘黙の治療において最も効果的とされています
- ブリーフセラピー(家族療法)
- 不安や緊張を上手に利用する方法を学ぶアプローチ
- 緊張しない場面の要因を明確にして、緊張する場面に応用します
- 笑いなどを活用して緊張を和らげる技法も含まれます
- 薬物療法
- 児童精神科などでの診察により、抗不安薬や抗うつ薬を使用することがあります
- 不安や緊張を抑える効果が期待できます
- コミュニケーション代替手段の活用
- 筆談やスマホ、タブレットなどを活用した代替コミュニケーション
- 話さなくても遊べる方法を工夫する
早期発見・早期治療が重要であり、適切な治療を受けずに放置すると、不登校や引きこもりなどの二次的な問題に発展する可能性もあります。「もしかして…」と思ったら、一人で悩まず、まずは専門家に相談することをおすすめします。
場面緘黙と不登校の両方に悩む子どものケース別対応法
場面緘黙と不登校の両方に悩む子どもへの対応は、一人ひとりの状態に応じてカスタマイズする必要があります。ここでは、異なるタイプのケースとその対応法を紹介します。
4つの基本的なアプローチ
場面緘黙と不登校の問題に対しては、主に以下の4つのアプローチがあります:
- 不登校と緘黙症状の改善を同時に目指すアプローチ
- まずは緘黙症状の改善を目指すアプローチ
- まずは学校に行けるようになることを目指すアプローチ
- それ以外のことを目指すアプローチ
どのアプローチが適切かは、子どもの状態や気持ち、環境によって異なります。
ケース別対応の実例
ケース1:不登校と緘黙症状の改善を同時に目指す
中学1年生の事例:
- 幼児期から緘黙症状があり、小学3年生から不登校
- 「担任の先生と話せるようになりたい」という思いがある
- 対応策: 夕方の誰もいない時間に学校に行き、先生としりとりをするなどの練習からスタート
- 時間や話す内容、相手を少しずつ増やしていくスモールステップを実施
ケース2:まずは緘黙症状の改善を目指す
小学5年生の事例:
- 幼児期から軽度の緘黙症状があり、小学5年生で完全不登校に
- 「友だちと遊んだり話したりしたい」という思いがある
- 対応策: オンラインゲームを通じて友だちとコミュニケーションする機会を作る
- 最初はボイスチャットなしから始め、徐々にボイスチャットに挑戦
ケース3:まずは学校に行けるようになることを目指す
小学3年生の事例:
- 幼児期から緘黙症状と登園渋りがあり、3年生で欠席が増加
- 学校に行きたい気持ちはあるが、様々な不安がある
- 対応策: 安心して学校で過ごせる条件(発言を求めないなど)を整え、相談室への登校からスタート
- 徐々に教室で過ごせる時間を増やしていく
ケース4:それ以外のことを目指す
高校2年生の事例:
- 小学校低学年から学校ではほとんど話さず、中学校後半は不登校に
- 学校に行きたいとは思っておらず、学校の人と話せるようになりたい気持ちもない
- 対応策: イラスト投稿など本人の興味・関心に基づく活動を通じて社会とのつながりを作る
- 作品展への出品など、間接的に学校とつながる機会を設ける
これらの事例からわかるように、一人ひとりの状態に応じて、その子にあった計画を考えていくことが大切です。どのアプローチが最適かは、子どもの状況や気持ちによって異なります。
場面緘黙の治療と改善に効果的なアプローチとは?
場面緘黙の治療と改善には、様々なアプローチが効果的です。特に以下の方法が専門家によって推奨されています。
場面緘黙の診断と治療の流れ
場面緘黙の診断は、アメリカ精神医学会が発行している「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM-5)」に基づいて行われます。主な診断基準は:
- 特定の社会的状況で一貫して話すことができない
- 話すことができないことが、学業や社会生活に支障をきたしている
- 少なくとも1ヶ月間以上症状が続く
- 他のコミュニケーション障害や精神疾患では説明できない
診断後は、以下のような治療アプローチが検討されます。
認知行動療法(CBT)
認知行動療法は、場面緘黙の治療において最も効果的な方法の一つです。不安を軽減するための具体的な考え方や行動を学び、少しずつ不安に向き合っていくアプローチです。
主な要素:
- 不安階層表の作成(不安の低い状況から高い状況まで段階付け)
- リラクゼーション技法の習得
- 不安に対する認知の再構成
- 段階的な曝露(徐々に不安な状況に慣れていく)
ブリーフセラピーのアプローチ
ブリーフセラピー(短期療法)は、問題解決に焦点を当てた効率的なアプローチです。場面緘黙に対しては、以下の2つの方法で不安や緊張が高まらないことを目指します:
- 不安や緊張を利用する方法
- 不安や緊張をなくそうとするのではなく、それを上手に活用する
- 「不安になったらどうしよう」と考えると逆に緊張が高まる悪循環を断ち切る
- 緊張しない場面の要因を応用する方法
- 緊張せずに話せる場面の要素を特定し、緊張する場面に応用する
- 笑いを使って緊張を和らげるアプローチなど
効果的だった事例: 小学5年生の男児の例では、転校前の学校で嫌がらせを受けて全く話せなくなっていましたが、カウンセラーが変顔をして笑いを誘うことで緊張を和らげ、徐々に話せるようになりました。その後、カウンセラーから担任、クラスメイトへと話せる相手を徐々に広げていきました。
薬物療法の役割
場面緘黙の治療において、薬物療法が検討されることもあります:
- 抗不安薬や抗うつ薬を使用して不安や緊張を抑える
- 通常は児童精神科などの専門機関で処方される
- 心理療法と併用されることが多い
年齢と共に変化する場面緘黙
場面緘黙は幼い子どもに多く見られ、年齢を重ねることで改善することもあります。これは、不安な場所を回避できるようになったり、緊張を和らげる方法を身につけたりするためです。
しかし、適切な治療を受けずに放置すると、以下のようなリスクがあります:
- 不登校や引きこもりなどの二次的な問題に発展する可能性
- 社会適応の困難さが長期間続く可能性
- 自己肯定感の低下や社会不安の悪化
早期発見・早期治療が重要であり、「もしかして…」と思ったら、専門家(医療機関、教育相談センター、発達障害者支援センターなど)に相談することをおすすめします。
「話せる」ようになるためには500通りもの方法があり、その子に合った方法を見つけることが大切です。一人ひとりの子どもに合わせたオーダーメイドのアプローチで、緘黙症状も不登校も改善に向かわせることができます。
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